「これは炎上してしまうんじゃないか」「アウトかもしれませんね」
編集部で同僚記者とこのような会話を交わしたのは1月下旬のことだった。日経ビジネスでは2015年から毎年年末に『謝罪の流儀』という特集を掲載している。その年に起きた企業や個人の不祥事・炎上案件を取り上げ、何がダメだったのかを詳細に分析。これらの事例をもって他山の石とすることを狙った企画である。
同じ特集班メンバーとの間で話題に上ったのが、JXエネルギーが手がける電力小売りサービス「ENEOSでんき」の新しいテレビCM。それは次のような内容だった。

妻役の小池栄子さんがリビングで友人とお茶を飲みながら、自由に使えるお金の少なさを嘆いている。「解決策は2つあると思うの」。その答えが、「安い電気に変えるか、稼ぎのいい夫に変えるか」。友人は冗談だと受け止めるが、小池さんは急に真顔に変わり、「本気よ」と口にする。
ちょうどリビングに入ろうとした夫役の古舘寛治さんがその言葉を聞いてしまう。真顔の小池さんが古舘さんの方を振り返り、ニヤッと笑うと、ガーンという低音と共に古舘さんが後ろに吹っ飛ぶ。そこで場面が切り替わり、ENEOSでんきがいかにお得かを説明する──という流れになっている。
小池さんは専業主婦という役柄なのだろう。外で仕事をして稼ぐのが夫の役割で、妻は家計を預かる。そんな古びた価値観をベースにした内容であることに加え、自由に使えるお金を増やすための方法として、妻が自らも働きに出ることを申し出るのではなく、「稼ぎの悪い夫は交換する」という上から目線の考えを披瀝する。一部の男性に(場合によっては女性にも)不愉快な印象を与えかねない内容であることから、絶対に炎上すると確信していたが、我々の予想に反し、半月以上経った今でもほぼ「無風」状態を保っているのだ。
無風と書いたが、正確には複数のインターネットニュースサイトがこのCMを批判的に取り上げた。ネットニュースは経緯を一覧表示する「まとめサイト」に転載され、それをテレビや新聞、雑誌などの既存メディアが取り上げることで、SNS(交流サイト)などを通じて短期間に燎原の火と化す──というのが最近の典型的な炎上パターンだが、JXエネルギーのCMは一部のまとめサイトに掲載されただけで、批判はそれ以上には広がらなかった。
JXは「それほど反響ない」
企業には批判が寄せられなかったのだろうか。気になったので、JXエネルギーの広報担当者に電話で聞いてみた。
「確かにネットの一部では話題になっているようですね。ですが、担当者に確認しましたが、当社にはそれほど反響は来ていません」
結構際どい内容だと感じたのですが、意図的に話題になることを狙った、炎上商法に近いような広告戦略だったのでしょうか。
「そのような意図はまったくありません。あくまで電気料金が安くなる、切り替え手続きが簡単だということを知ってもらいたいと考えて作ったCMです。男女差別とか離婚とかを想起させる意図もありません」
JXエネルギーは3月末まで電気代の基本料金を1ヵ月分無料にするキャンペーンを展開している。このキャンペーン期間に合わせ、CMも当初の予定通りに3月末まで放送する予定だという。
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