EC(電子商取引)が普及し、今や一歩も外に出ることなく、欲しいモノの大半をそろえることが出来る。果たして、わざわざ時間をかけて店を訪れるという行為がこのままの形で続くのだろうか――。昨年からアパレル業界の構造問題を本格的に取材し始めたこともあり、記者は小売店舗の存在意義にぼんやりとした疑問を持ち続けている。

 そんなある日のこと。京浜急行電鉄の品川駅で電車を降りた際に、EC時代の変化を象徴するようなコンセプトの店を見かけた。それが「アシックス ステーションストア品川」だ。

「アシックス ステーションストア品川」では現在、東京マラソンをテーマにした店づくりをしている。

 人の行き来が絶えない「駅ナカ」にアパレルや雑貨店が進出するのは当たり前の光景となったが、それはあくまで改札付近からホームに至るまでの場所での話だ。一方、アシックスが店を出したのは、そのものずばりホームの上。小型のコンビニエンスストアなどと並ぶ光景は異彩を放っている。「なんでこんな場所に」。記者も初めて見た瞬間、思わず呟いてしまった。

外装・商品構成は約一カ月ごとに全面更改

 同ストアが主なターゲットと想定しているのは通勤客や外国人旅行者だ。京急品川駅の一日平均の乗降人員数は約26万人(2014年度)。少なく見積もっても万単位の人間が、ほぼ毎日のようにホームでこの店を見かけている計算になる。

 ターゲットと表現したが、同店は小売りを最終目的としていない。「試着だけ、でもまったく問題ありません」(アシックスジャパンの高下泰幸マーケティング統括部長)。実際、記者の取材中に来店した男性客は、ランニングシューズを試し履きしてサイズを確認すると、「この店に置いていない色のモデルを、ほかで買うね」と言って去っていった。

 言ってしまえば、店自体が巨大な広告、または「買うこともできるショールーム」という位置づけなのだ。例えば、現在の外装や商品構成は、開催を間近に控えた東京マラソン一色。しかし、昨年12月、店内はアシックスの子供向けブランド「スクスク」の関連商品で占められ、外装も今とまったく違う雰囲気だった。実際に商品を手に取ってもらうことを最大の目的とするからこそ、駅の利用者が嫌でも目にするホーム上に店を構え、昨夏の開店以降、約一ヶ月の間隔でカメレオンのように店の構成を変え続けている。

ステーションストア品川の外装の変遷(2016年9~12月)

 すぐに商品が欲しい人にはその場で売るが、店内が狭いので在庫もあまり置いておけない。同店がそれでも「小売店舗」として機能するのは、ECとリンクしているからだ。商品タグに付いた2次元バーコードなどを通じてスマートフォンや携帯電話から同社通販サイトに移動してもらい、そこで購入してもらう仕組みを取っている。

ネットとリアルの結節点

 アシックスは昔から卸売りが強い分、直営店や自主管理売り場を通じてブランドの世界観を消費者に伝えるのが不得手だった。そうした点で、米ナイキや独アディダスなどと比べ、明らかに立ち遅れている。

 では、これから直営店や自主管理売り場を大量に展開していくのが正解と言えるのだろうか。記者の考える答えはノーだ。ECの普及は、小売店舗が持っていた「そこに行かないと買えない」という価値を急速に覆している。この先もECは不可逆的に発展するだろうし、最初からそれを念頭に置いた店舗戦略に切り替えるのは不可欠だ。そうでなければ、量的な店舗拡大はむしろ重荷にしかならない。

 一方で、どんなにネットが発展しても、移動というリアルの行為までは簡単に変えられない。アシックスはその動線上に、ネットとリアルの結節点として、この店を作った。ホームの上の小さな店で始まった試みは、EC時代における小売店舗の1つの方向性を示唆しているように見える。