「計画当初から無理があった」

 しかし、計画段階からつまずいた。青森市が再開発組合を認可したのは90年。92年に第三セクターの青森駅前再開発ビルを設立し、アウガの建設をスタートした。総事業費は約185億円。だがバブル経済の崩壊が直撃した。94年には中核テナントとして入居を予定していた西武百貨店が入居することなく撤退を決めた。

 その空きスペースを埋めるため、市が図書館と駐車場を整備。青森駅前再開発ビルが残りの保留床を買い取ってテナントに貸し出す手法を採った。

 2001年1月に開業したものの、初年度の売上高は約23億円で目標の半分程度。さらに、2015年3月期は15億6500万円まで落ち込んだ。市が青森駅前再開発ビルに対して長期貸付金の元金の返済延期を認めたり、空き区画の積極的な活用策を講じたりしたものの、客離れに歯止めをかけることはできなかった。

 青森駅前再開発ビルは開業以来、慢性的な赤字体質。2013年3月期にいったん黒字化したが、その後再び赤字に転落。2015年4月~9月期も3600万円の赤字。同社の木立均・常務取締役は「2016年3月期通期もかなり厳しい状況だ」と語る。

 現在まで続く経営難に対し、計画当時を知る青森市の関係者はこう指摘する。「計画を立てること自体が目的化していて、当初の売り上げ計画自体に無理があった。『白紙にしようか』という声も一部から上がったが、敷地内にあった市場は既に解体され、他の場所に移って仮設店舗で営業していた。引き返すなんてできなかった」。

 来客者数も客単価も右肩下がりで、現在の平均客単価は1900円。木立常務は「地権者から借りた床をテナントに貸すスキームで、もともと利益は出しにくい。経費もギリギリまで削っており、我々としてはお手上げ状態」と打ち明ける。

 青森駅前再開発ビルは外部の専門家3人からなるチームに再生策の立案を依頼。このチームが昨年12月末に報告書をまとめ、記事冒頭にあるように「商業施設としては限界」と指摘した。「運営を継続した場合、将来的に追加負担が拡大する可能性が高い」とした。

 その上で報告書は、「中核ビルの幽霊ビル化を防ぐ手段として、公共化は現実的かつ一般的な選択肢」として、地下1階の魚市場を除く商業テナント部分をすべて公共施設とする案を提示した。

 そのための実行スキームとして、青森市が青森駅前再開発ビルや地権者、金融機関から底地共有持分を買い取る方法を示した。青森市の鹿内博市長は1月8日、臨時会見を開き、提案は「非常に重い位置付けだと認識している」と述べ、アウガの再建を検討するための臨時組織を役所内に立ち上げることを明らかにした。