ロケットベンチャーの苦悩

 実際、大企業の後ろ盾のないベンチャーが日本で事業展開するのは容易ではない。

 昨年末にエイチ・アイ・エスとANAホールディングスが出資したことで話題となった名古屋市にあるロケットベンチャー、PDエアロスペース(PDAS)。同社社長の緒川修治氏に話を聞こうと、PDASの事務所兼開発拠点を訪れてみた。

PDエアロスペースの緒川修治社長。これまで4人の社員と自宅に隣接した小さな作業場でロケット開発を進めてきた。エイチ・アイ・エスとANAホールディングスの出資を受け、新しい開発拠点の確保や人員拡充にメドをつけた

 名古屋駅から電車で30分。住宅街の一角にその拠点はあったが、「ロケットベンチャー」という言葉が持つ華々しいイメージとはかけ離れていた。事務所は4-5人が入れば一杯になるほど小さいなもの。隣接する作業場には工具が雑然と積み上がり、開発は手作りの実験設備で細々と進められていた。

 緒川社長は三菱重工業やアイシン精機などに在籍していたが、新型のロケットエンジンの開発に専念するため独立した。だが事業資金を確保するのには苦労し、100円ショップで購入した雑貨をフル活用しながら開発を進めてきたという。

 「日本には米国のように新しい領域でマーケットを作る力が乏しく、お金が集まらない。だから安定した地位と潤沢な予算のある大企業や国の機関から人が飛び出すなんてことは現状では考えられない」と緒川社長は言う。

 対照的なのが米国だ。いわゆるIT長者が次の成長領域としてフィンテックや宇宙に目をつけ、儲けたカネを大規模に新しい市場に投じてきた。自らその業界に飛び込んでいく経営者も多い。ツイッターの創業者で後にスマートフォン決済ベンチャー、スクエアを立ち上げたジャック・ドーシー氏や、ネット決済大手ペイパルの創業メンバーで、ロケット民間大手スペースXを設立したイーロン・マスク氏などはその代表例だろう。

 人材の流動性も高いから、有望市場と見れば一気に人材が集まる。

 フィンテックが米国で花開いた背景には2000年代後半の世界金融危機があった。「金融機関で働いていたエンジニアや専門家が大量にレイオフされ、フィンテックに群がった」(国内フィンテックベンチャー経営者)。宇宙分野でも2000年代以降、経済低迷から、開発の舞台が政府から民間に移る過程で、専門知識を持つエンジニアとITで資金力をつけた個人投資家との接点が生まれたという。