FCオーナー会に訪れた存続危機

 実は製造勉強会は、モスバーガーを運営する本社(モスフードサービス)が指示や命令して開いたものではない。現場のフランチャイズチェーン(FC)オーナーが構成する「共栄会」の支部やオーナーが、地域の営業担当者と一緒に相談しながら勉強会の内容を決めた。

 モスバーガーは全国に約1360店あるが、約8割をFC店が占める。FC店を経営するオーナーは400人ほどで、全員が共栄会に加入している。オーナー同士がこうして集うことを、FCビジネスを展開する本部が認めていないケースは多い。本部の方針に反対したり、“労働組合”のようになったりする可能性を嫌うからだ。

 だが、モスバーガーは1980年に共栄会ができた。もともと近隣のオーナー同士が、経営や店の運営について情報交換するために、一部の地域で自然発生的に生まれた集まりがあった。創業者の故・櫻田慧氏は、当初はそういった集まりを通して「不確定な情報が伝わるのは良くない」と考えていたようだが、自分たちの店をよくするための活動は積極的にするべきと考えて、オーナー同士の組織を認めたという経緯がある。共栄会では、経営理念に合った活動の表彰や、オーナーや店長らが店を回ってサービスや商品をチェックしあうといった活動を続けていた。

 発足から40年近くを迎える共栄会だが、順調に来たわけではなく、存続自体が危ぶまれたこともあったという。今から3年ほど前、本部と共栄会幹部で合宿を開き、「共栄会は何のための組織なのか」「もし共栄会がなくなったらどうなるか」など、徹底的に議論した。

 この合宿をなぜ開いたのか。モスフードサービスの中村栄輔社長や関係者は、多くを語らない。だが、取材から見えてきたのは、時代の流れとともに共栄会が“制度疲労”を起こしていたということだ。「何のための共栄会なのか、ただ運営するだけになっていないか。問い直したかった」(中村社長)。

 モスバーガーに限らず、外食を取り巻く経営環境は決して楽観できるものではない。契約の上に成り立つビジネスであると分かっていても、本部の方針に100%納得しているのか、オーナー間の温度差はあるだろう。創業から今年で45年。創業当時にオーナーになった人の代替わりが、10年ぐらい前から徐々に進み、共栄会の初期の思いが徐々に薄れていった部分もあったのではないか。

 共栄会の幹部である小泉則彦オーナーは、父親が1981年に自宅を改装してモスのFCオーナーになったという、2代目だ。「モスのオーナーって、会うと初対面でも『あ、モスの人だ』ってわかるんですよ。独特の雰囲気があるからでしょうか。父がオーナーになった時も、私の時もそうでしたが、お金をいくら持っていても、オーナーになるのは難しい。本部が簡単にオッケーを出さないんです。『大変な商売で儲からない』『なぜモスのオーナーになりたいのか』とさんざん問われますが、『それでもやりたい!モスが好き!』という人が集まっているからでしょうね」。嬉しそうに語る様子を見ながら、そんな思いを持った集団でも、行き詰ることはあったのかと少し意外だった。

 共栄会にとって、合宿は大きな転換期となった。参加した小泉オーナーは「合宿の議論で、本部も共栄会も目指しているのは『良い店を作る』ことなんだと、皆で気づいたんです。その軸がしっかり見えたことで、共栄会は何をすべきなのか、方向性もすべて決まりました」と振り返る。

モスバーガーのFCオーナーである小泉則彦氏。父親から代替わりした2代目オーナーで、共栄会の幹部を務める(写真:陶山勉)