農業に携わる人が減っている。2010年には約261万人いたが、2017年には182万人まで落ち込んだ。しかも65歳以上が121万人いる。農業従事者の3分の2が高齢者で、若者の就農者をいかに増やせるかが課題となっている。
だがほかの産業から農業に転職するのはハードルが高い。機械化は進んでいるものの肉体労働が中心で、事務職からの転職は難しい。だが、ここにきて新しい働き方を提案することで、若者を呼び込もうとしている動きがある。自身の夢を追いかけながら、空き時間で農業に従事する働き方を受け入れようという動きだ。
その代表例が米どころ新潟県にある。米を生産する農業法人、穂海農耕の実践だ。同社が手がけるのは業務用米で、協力農家を含め、1500トンの米を生産している。
同社が採用した制度は、春から秋まで米作りに従事すれば、冬は出勤しなくてもよい、という仕組みだ。具体的には正社員として雇い、春から秋にかけて自社で農作業に従事してもらう冬期は長期休暇とし、スキーなど自分のやりたい仕事に就いてもらうのだ。穂海が社会保険料などを負担することで、自分の夢を追いかけながらも生活が安定する。丸田洋社長は「正社員になることでマイホームや自動車のローンも通りやすくなる。自分の夢をあきらめない働き方を提案したい」と話す。
最近ではスポーツ選手の引退後の受け入れ先としても強化している。実際、プロスキーヤーやスノーボーダーだった人が働いている。「引退しても体力もあるし何より熱心」(丸田社長)という。
丸田社長は大学卒業後、大手メーカーにエンジニアとして就職した。2年後に退職し、スキーコーチや雪山ガイドなどをしていた。だがシーズンオフとなる夏場は、アルバイトで食いつないでいた。この経験が変則的な働き方を導入するきっかけになった。ウィンタースポーツが盛んな新潟県にはこのような働き方の人たちがたくさんいる。丸田社長は事業拡大に合わせ、こうした働き方を希望する人材を増やしていく考えだ。
穂海農耕は冬場になると社員は農業を離れ、自分のやりたいことに集中する
農業と夢を両立
スポーツだけでなく、自らの夢を実現するために農業と二足のわらじをはく人がいる。佐賀県でアスパラガスなどを生産している奥園淑子氏だ。
奥園氏は1989年に佐賀で生まれた。高校時代からモデルになることを夢見ていた。大学では福祉関係を学んだ。大学3年生になり就職活動を始めたものの、思うように決まらなかった。卒業後の5月になって1年間の期限付きの職をようやく決まる。障害者向けの自立支援施設で指導員として働いた。
モデルと農業で二毛作経営
1年後にほかの仕事を探す頃になって「やっぱり昔憧れていたモデルがやりたい」という思いが強くなった。貯金していた100万円をつぎ込んでモデルになることを決意。レッスンを受けたり、モデル事務所に登録したりする費用や博多市内までの交通費に使った。九州地区のテレビCMや情報誌への掲載が決まり活躍できたが、収入は安定しなかった。「とてもモデルだけでは食べていけない。新しい仕事を探さないと思った」(奥園氏)。
奥園氏が選んだのは農業だった。モデルのきらびやかな世界とは違い、広大な山を望む場所で一面田んぼが広がっている。ここが新しい職場だ。
奥園氏は農家の父にアスパラガスの栽培方法を学びながら「よしこちゃんの畑」と名付けて、アスパラガス栽培に精を出す。4月から11月まではアスパラガス農家として毎日汗を流す。冬はモデルとして活動することにした。自分の夢を実現しつつ収入を確保することにしたのだ。「一般的なOLよりはたくさん稼げている。もっと稼ぎたい」(奥園氏)。
経営塾で基礎から学ぶ
これから取り組もうとしているのが島とうがらしの栽培だ。島とうがらしを使い、泡盛を詰めることで沖縄産調味料「こーれーぐす」 が製造できる。作業が生じるため障害者を雇い入れることもできるようになる。「前職で障害者がなかなか働けない現状を知っている。だからこそ頑張りたい」(奥園氏)。
さらに若い女性向けの農業用ユニフォーム作りも計画している。女性が農業をやるうえで働きやすく可愛らしい仕事着がないことに悩んでいた。いま使っている作業着は自分の活動をテレビで見た佐賀市内の女性が作ってくれたものだった。「私のおばあちゃんくらいの年の方が作って頂けた。機能的で可愛らしい仕事着があれば、農業をやりたいと思う女性が増えるはず」(奥園氏)。そこで賛同者を集めてクラウドファンディングを実施する予定。「私のようなモデル兼農家を増やしたい。そしてかわいい仕事着を着て、ファッションショーをやりたい」(奥園氏)。奥園氏の夢は広がる。
いま政府は地方創生の政策のひとつとして農業をしながら、演劇施設や宿泊施設で働くという新しい働き方を提案する動きがある。これまで新規就農者を増やすために「田舎でゆっくりしたい」という層を狙ってきた。夢を追いかける若者も狙えば就農者が増える可能性がありそうだ。
奥園淑子氏はモデルと農業の両立に取り組んでいる(写真撮影:菅敏一)
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