IT(情報技術)を活用して新しい金融サービスを生み出そうとする「フィンテック」と呼ばれる領域に、ベンチャー企業の成長を促す資金が流れ込んでいる。
SBIホールディングスの子会社で投資事業を手掛けるSBIインベストメントは昨年12月、フィンテック分野の有望ベンチャーに投資する「FinTechファンド」を設立したと発表した。「フィンテックに特化したファンドは日本初」(SBIインベストメントの後藤健取締役)という。出資者にはソフトバンクなど事業会社のほか、横浜銀行やソニーフィナンシャルホールディングスなど地方銀行、ネット銀行の主要プレーヤーも顔を並べた。通信大手KDDIも2014年に設立した50億円規模のファンドで、フィンテック関連ベンチャーへの投資拡大を検討しているという。
もっとも、日本ではまだフィンテック分野で急成長しているベンチャー企業は多くない。従来のインターネット関連分野と比べ、フィンテックではベンチャーが超えるべきハードルが数多くある。これを乗り越えられなければ、フィンテック分野への資金集中は一時のバブルで終わってしまう恐れもある。
少数のベンチャーに投資集中
SBIが設立したFinTechファンドは設立発表から6日後の28日には第一弾の投資案件を発表している。対象はクラウド型の会計ソフトを手掛けるfreee(東京都品川区)。簿記や会計の専門知識がなくても経費の処理から決算書類の作成まで、ほぼ自動でできるサービスを展開。中小企業を中心に利用が急増しているという。米グーグル出身の佐々木大輔社長が2012年に設立した。同社は昨年8月にも米大手ベンチャーキャピタルやリクルートホールディングスなどから35億円の出資を受けており、2015年中に総額45億円の資金を調達するのに成功している。
SBIインベストメントのFinTechファンドが出資したベンチャー企業、freeeの佐々木大輔社長
昨年はfreeeに加えてクラウド会計サービスを手掛けるマネーフォワードも地方銀行などから計16億円を調達するなど、有望なフィンテックベンチャーに投資資金が集中する傾向が顕著だった。
むしろ課題は「投資資金はジャブジャブに集まっているが、投資先がない」ことだと多くの業界関係者が指摘する。SBIインベストメントの後藤取締役も「(フィンテック関連企業は)日本で100社あるかないか程度で、まだ少ない」と認める。
フィンテック領域はネットベンチャーが手掛けるには課題が多い領域だ。たとえばスマートフォン向けゲームでは、サービスの一部に不備があったり、バグ(プログラムに含まれる誤りや不具合)があったりしても、後からユーザーの指摘を受けながら改善していくことができる。一方、消費者の大事な資産である「お金」を扱うフィンテックでは、こうしたミスやバグを残したままサービス展開することは基本的に許されない。スピードよりも完成度が重視されるため、ベンチャー企業の強みである「スピーディーな事業展開」が実現しにくいという課題がある。
数少ない例外として、freeeやマネーフォワードが急速に事業を拡大できたのは、両社がお金を直接扱うのではなく、顧客や金融機関などから取得した「お金の流れ」という情報を扱っているからだった。
仮にフィンテックベンチャーが一歩踏み込んで、「お金」そのものを扱おうとすれば、そこには厚い規制の壁が立ちはだかる。たとえば比較的規制の壁が低いとされる送金サービス一つをとってみても、扱える金額の上限は100万円以下と少額で、10万円を超える場合はその都度、本人確認する必要がある。さらに送金途中で滞留している資金の100%以上の額を資産保全する必要もある。
そもそも、日本の大手銀行が展開する金融サービスの利便性は高い。ネットバンキングが発達しており、ATMやCD(キャッシュディスペンサー)も全国各地に設置されている。ここで大手銀行に伍して、規制の壁を乗り越えつつ、ベンチャー企業がフィンテックを展開していくのは簡単ではない。米国では10代、20代の「ミレニアル世代」と呼ばれる若者がフィンテックを牽引しているが、少子高齢化が進み、若年層が薄い日本では、こうした若者向けサービスが育ちにくいという課題もある。
好循環、生み出せるか
2014年から2015年にかけて、米国ではスマホ決済を手掛けるスクエアやネットを介して資金の貸し手と借り手をつなぐレンディングクラブなど、フィンテックベンチャーの上場が相次いだ。一方で、日本のベンチャーが上述のような課題を乗り越えて急成長し、単独で上場していくのは現状では難しいだろう。現実的には、大手金融機関による出資やM&A(合併・買収)が日本のベンチャーにとって当面のゴールになりそうだ。銀行が持ち株会社の傘下にできる子会社は金融業務に限定されているが、この規制を緩和する議論も進んでいる。
ただ、大手銀が拙速にベンチャー企業のフィンテックサービスを顧客に提供して問題が発生しては、信頼に大きな傷がついてしまう。そこで銀行とベンチャーとの間にある垣根をできるだけ下げる役割を期待されているのがファンドだ。「金融機関は名前も知られていないベンチャーとは付き合いにくい。我々が有望なベンチャーに資金供給することで彼らを『評価』し、銀行との橋渡しをしていきたい」とSBIインベストメントの後藤取締役は話す。
この仕組みがうまく回り出せば、フィンテックは一時的な「バズワード(流行り言葉)」で終わることなく、継続的な成長が見込める分野になるだろう。フィンテック業界では金融に精通した人材が不足していると言われるが、ベンチャーの成功事例が数多く出ることで、大手金融機関から野望を持った若手人材が飛び出してくる可能性もある。ファンドの動きが活発化する2016年は、この好循環を生み出せるかどうかが決まる、フィンテックにとって重要な年になる。
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