逆に、公的健康保険の加入者だけを診察している医師は、経営難に陥る危険がある。米国ほどではないが、ドイツでも「健康保険の階級分化」が起きつつあるのだ。これは、SPDにとって所得格差の拡大を象徴する現象である。

 このため、SPDは民間健康保険を廃止して、「市民保険」という名称の公的健康保険への加入を全ての市民に義務付けることを要求している。民間健康保険と公的健康保険の間にある不公平をなくすとともに、公的保険の財政的基盤を拡大するためだ。だがCDU・CSUや保険業界、医師会は民間健康保険の廃止に真っ向から反対する。

 またSPDは、所得格差の拡大に歯止めをかけるために、富裕層に対する増税や、社会保障制度の拡大も要求している。

 さらに難民問題でも両党の意見は異なる。原則として、ドイツに亡命を認められた難民は、祖国から家族を呼び寄せることができる。しかしメルケル政権は、難民数の急増に歯止めをかけるために、ドイツへの仮滞在を認められた難民たちが、シリアなどから家族を呼び寄せることを、来年3月まで一時的に禁止している。SPDは、人道的な理由から、来年3月以降は家族の呼び寄せを再開すべきだと主張しているが、CDU・CSUは難色を示す。

 難民問題は、ドイツの政治家にとって一種の「地雷」だ。不用意に扱うと、有権者から強いしっぺ返しを食らう危険がある。それは、AfDが、家族呼び寄せの復活に強く反対しているからだ。CDU・CSUがSPDに歩み寄った場合、憤慨した支持者がAfDの元へ走る可能性がある。AfDの大躍進は、伝統的な政党の行動の自由を大きく制約することになった。その意味でこの極右政党は、すでにドイツの政局を陰で左右する存在になりつつある。

大連立政権が誕生する可能性は半々

 健康保険制度や難民政策に関する両党の議論は、平行線をたどり、大連立政権についての交渉は、シュタインマイヤー大統領が期待するほどスムーズには運ばないかもしれない。現在SPDは低い得票率に悩み、満身創痍の状態にある。大連立政権に参加することで独自色が今以上に薄まることを恐れ、SPDが交渉を中断する可能性もある。FDPが、自党の原則を守るために、4党連立交渉で席を蹴ったようにだ。

 そう考えると、大連立政権が誕生する可能性は、まだ半々というべきだろう。実際、CDU・CSUとSPDの議員の間には、大連立政権の誕生に悲観的な見通しを持ち、「選挙準備を始めるべきだ」と語る者もいる。一言でいえば、ドイツの政局はいまだに「星雲状態」であり、混乱からの出口は見えていない。

 さてSPDが12月初めに開いた党大会では、過半数の代議員たちが、CDU・CSUとの大連立をめぐる協議入りに賛成した。だが本格的な連立交渉が始まるのは、クリスマス休暇明け、つまり2018年1月になる。それから数週間の交渉を経て、3党が大連立政権の樹立に合意したとしても、シュルツ党首は臨時党大会を開き代議員に投票させて、承認を仰ぐ方針。

 デメジエール連邦内務大臣(CDU)は12月10日、「SPDの作業スケジュールから判断すると、新政権の誕生は来年3月以降にずれ込むだろう」と発言した。彼の予想が的中した場合、6カ月も権力の空白状態が続くことになる。

 2018年秋には、バイエルン州とヘッセン州で州議会選挙が行われる。地方選挙ではあるが、有権者たちは中央政府に対する意思を、この機会にはっきりと示すだろう。有権者たちは、CDU・CSUとSPDが大連立交渉で、どのような態度を示すかを凝視している。

 特にCSUは、CDUの姉妹政党で、1957年から60年間にわたりバイエルン州政府の政権党として首相の座を占め、単独支配を続けてきた。CSUはドイツの伝統的な政党の中で最も右派に位置していたが、今やAfDがCSUよりもさらに右のポジションを占めている。CSUは9月の連邦議会選挙で、バイエルン州の多くの支持者をAfDに奪われ、得票率を約11ポイントも減らした(バイエルン州の有権者は、CDUに投票することはできず、同州の地域政党であるCSUしか選ぶことができない)CSUの党員である私の知人は、「CSUの議員の間では、来年の選挙へ向けて不安感が強まっている」と教えてくれた。伝統的な保守党の地盤でも、地殻変動が起きつつあるのだ。

 半年に及ぶ政界の混乱は、伝統的な政党の凋落を浮き彫りにする。2018年の欧州で、ドイツそしてメルケル首相の求心力が低下するのは避けられない。フランスのマクロン大統領は現在、ユーロ圏改革プロジェクトを打ち出すなど、欧州での指導的立場を取り戻すべく様々な努力を続けている。来年は独仏の立場が逆転する分かれ目の年となるかもしれない。

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