再選挙はAfDに追い風になる

 シュタインマイヤー大統領は、なぜ再選挙に難色を示したのか。それは、選挙をやり直した場合、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の得票率がさらに高まる可能性があるからだ。前例がないほどに政局が混乱し、有権者の間で大政党への不信感がさらに強まっている。実際、AfDは各党の中で最も強く再選挙を希望している。同党はツイッターやフェイスブックを利用して、大政党を中傷するキャンペーンを強化している。

 CDU内部では、メルケル首相の態度について不満が高まっている。特に9月24日の夜、投票結果が判明した時に、メルケル首相が支持者とメディアの前で「私の政策の中で変えるべき点は一つもない」と断言したことは、多くのCDU支持者を唖然とさせた。有権者はメルケル首相の難民政策に対する不満から、CDU・CSUの得票率を戦後2番目に低い水準まで下落させた。メルケル首相がこれに対して反省の色を見せなかったため、草の根の党員の間で「メルケル時代は終わった」との声が高まっているのだ。これは長期間にわたり首相を務めている人物に特有の、現実社会との乖離なのかもしれない。

EU政局にも悪影響

 このような状態では、シュタインマイヤー大統領がメルケル氏を首相に指名して、連邦議会議員たちに信任投票させても、メルケル氏が過半数を取ることはできないだろう。かつて「欧州の女帝」と呼ばれた政治家の凋落ぶりを内外に印象づけるだけとなりかねない。

 さらに、EUの事実上のリーダーであるドイツで、3カ月近くも政権の空白状態が続いていることについて、周辺国で当惑の声が高まっている。次期政権が確定するまで、メルケル氏は「業務執行内閣」の首相にすぎないので、EUの首脳会議などでドイツを代表して発言することができない。

 フランスのマクロン大統領が進めようとしている欧州通貨同盟の改革や、英国のEU離脱をめぐる交渉に関する意思決定は、ドイツなしに進めることはできない。ドイツの政権が空白状態なったことで、宙ぶらりんになるEU政策課題が日に日に増えているのだ。マクロン大統領と、ギリシャのチプラス首相はシュルツ党首に電話をかけて、大連立政権に参加するよう鼓舞した。このことも、他のEU加盟国の苛立ちを象徴している。

険しい大連立政権への道

 だが、CDU・CSUとSPDによる大連立をめぐる交渉は、難航が予想されている。その理由はSPD左派を中心に、大連立政権に反対する勢力が存在するからだ。特にSPDの若い党員たちの間で、シュルツ党首が前言を翻し、選挙期間中に批判してきたメルケル氏を再び首相の座に就けるための「助け舟」として利用されることについて、不満の声が強い。

 連邦議会選挙でSPDの得票率が史上最低の水準まで落ち込んだ背景には、過去4年間の大連立政権によって、CDUとの政策の違いが有権者に見えにくくなった事実がある。このためSPDは、いったん野党席に戻って党を改革し、有権者の信頼を回復しようと考えていた。ところが同党は、「再選挙を避け、政権の空白期間を短くする」という大義名分のために、連立交渉の場へ再び引きずり出された。有権者だけではなく、SPD党員の間でも、「この党の主体性はどうなっているのか」という疑念が高まるのは必至だ。

 このため、SPDは大連立政権に参加する条件として、メルケル首相に様々な要求を突きつける方針だ。たとえば健康保険制度の抜本的な改革を要求している。ドイツ市民の90%は、公的健康保険に加入している。これに対し、所得が一定の水準を上回る市民や自営業者、公務員は民間の健康保険に入っている。一度、民間健康保険に入ると、失業などによって所得が大幅に減らない限り、公的保険には戻れない。

 民間健康保険は保険料が公的保険よりも大幅に高いが、医師が治療にかける費用に上限がない。したがって医師や病院は民間健康保険に入っている患者を優先的に診察しようとする。彼らにとって、民間健康保険の加入者は、最も貴重な収益源である。このため、民間健康保険に入っている患者は、診察までの待ち時間が公的健康保険の患者よりも短くて済む。医師の中には、民間健康保険の患者しか受け付けない者もいるほどだ。