ドイツ企業がイスラエルに多大な関心

 製造業や経済のデジタル化が急速に進む中、ドイツ企業の間でもイノベーションの重要性が痛感されている。だがドイツでは優秀な人材が福利厚生の豊かな大企業に集中する傾向があり、ベンチャービジネスは米国やイスラエルほど盛んではない。このため多くのドイツ企業が新しい技術やノウハウを見つけるためにイスラエルに拠点を作り、情報収集を行っている。もしも自社にとって重要な技術を持つベンチャー企業が見つかれば、提携したり買収したりする。現地に拠点を持っている企業の方が、機微な情報を入手しやすいのだ。

 2017年の時点で、イスラエルに研究センターや情報収集のための事務所を置いたドイツ企業の数は約350社。そのリストには、電機・電子総合メーカーのシーメンス、化学メーカーBASF、通信企業ドイツテレコム など大手企業がずらりと並ぶ。「ドイツ・イスラエル経済圏が生まれつつある」と語るユダヤ人もいる。

 特に積極的なのが自動車業界だ。フォルクスワーゲン(VW)、アウディ、BMW、ダイムラーがイスラエルに拠点を置いて情報収集のためのアンテナを張り巡らしている。自動運転技術やカーシェアリングによってモビリティーに大きな変化が訪れようとしている今、デジタル技術に強いイスラエルのベンチャー企業は、ドイツ企業にとって垂涎の的なのだ。

 たとえばドイツの自動車業界では今、「インターネットにつながったコネクテッド・ビークルが将来常識になった時に、車のITシステムを守る技術の重要性が高まる」という見方が強まっている。多くの自動車エンジニアたちは、ハッカーがインターネットを通じて車のITシステムに侵入し、事故などを起こす危険について懸念している。イスラエルには、車をサイバー攻撃から守る技術だけに特化したベンチャー企業もある。この種の技術について、イスラエルのベンチャー企業は世界でトップクラスの水準を持っている。

軍で学んだ技術と人脈を生かして起業

 イスラエルがサイバーセキュリティに強い理由は、高度な軍事・諜報関連技術が、民間経済での活発な起業につながっているからだ。イスラエルのハイテク企業の創設者の中には、イスラエル国防軍(IDF)で兵役に就いている時に学んだ技能を、民間経済のために利用している人が極めて多い。軍隊が、ベンチャー起業家の養成校になっている。これは日本やドイツの産業界には全く見られない特性だ。

テルアビブのイスラエル国防軍施設。イスラエルでハイテク・ベンチャー企業が多い理由の1つは、軍で獲得した知識や人脈を生かして起業する市民が多いからだ(筆者撮影)
テルアビブのイスラエル国防軍施設。イスラエルでハイテク・ベンチャー企業が多い理由の1つは、軍で獲得した知識や人脈を生かして起業する市民が多いからだ(筆者撮影)

 その例がイスラエル国防軍で電子諜報を担当する「8200部隊」だ。8200部隊の主な任務は、周辺国やテロ組織の固定電話、携帯電話、衛星通信、電子メールなどによるコミュニケーションの盗聴、暗号によって秘話化された通信内容の解読、敵国からのイスラエルへのサイバー攻撃の防御である。

 8200部隊には、約5000人の兵士が所属している。これは、予備役を除くイスラエル国防軍の兵力約17万6500人の約3%に相当する。同国がいかにこの部隊を重視しているかが理解できる。

 8200部隊がユニークなのは、数々の起業家を生むインキュベーター(孵化器)となっていることだ。米誌「フォーブス」は、8200部隊の出身者が創業したベンチャー企業の数が約1000社にのぼると推定している。現在、サイバーセキュリティ市場を対象にした世界のベンチャー投資額の約15%が、イスラエルに流れ込んでいる。もしも8200部隊がなかったら、イスラエルがサイバー攻撃防御の分野で世界的なリーダーになることはあり得なかった。

 たとえば世界有数のサイバー防御ソフトメーカーであるチェック・ポイントの最高経営責任者(CEO)ギル・シュ―ド(50歳)は、8200部隊の出身者である。8200部隊の元隊員が作った企業の中で最もユニークなのが、テルアビブにあるベンチャー投資ファンド「チーム8」だ。2014年に同社を創設したナダフ・ザフルィールCEOは、8200部隊の指揮官だった。チーム8は、サイバーセキュリティに関するシンクタンク(研究機関)であると同時に、新しいサイバー防衛企業を世に送り出すインキュベーターでもある。同社は8200部隊との強い繋がりを駆使して、今日の民間経済が直面するサイバー攻撃のリスクを分析し、そのリスクに対処できるノウハウを持つ企業を創り出す。

 イスラエルでは男女ともに兵役義務がある。彼らは若い時に軍で習得した知識と培った人脈を、除隊してから民間経済でのベンチャービジネスに活用しているのだ。(次回に続く)

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