ナチス時代への反省が国是
戦後の西ドイツ、そして今日のドイツ政府は、ナチス・ドイツが1930年代から1945年まで欧州で人種差別や他民族の迫害を繰り返したことに強い反省の意を示している。人間の尊厳を踏みにじったナチスの行為を二度と繰り返してはならないという決意は、ドイツの国是である。
ドイツの憲法に相当する基本法は、「人間の尊厳は絶対に侵してはならない。政府は、人間の尊厳を守る義務がある」という一文で始まっている。メルケル首相や閣僚たちがトランプ次期大統領に拒否反応を示すのは、トランプ氏が選挙期間中に行った言動に、人種や宗教に基づく差別的な態度を感じ取っているからだ。
例えばトランプ氏は選挙期間中に、大統領に就任した場合、米国に不法に滞在している約1100万人の外国人を国外退去させる方針を明らかにしていた。この問題について、欧米のメディアはしばしば「deportation(移送)」という言葉を使う。これはナチスがユダヤ人を強制収容所へ移送した事実をも示す言葉であり、ドイツ人やユダヤ人にとっては、戦慄すべきイメージを伴っている。
もちろんドイツは、超大国である米国を無視することはできない。米国はドイツにとって重要な貿易相手国であり、ドイツは米国に防衛面でも大きく依存している。したがって、ドイツが今後トランプ政権との対話の道を探ることは確実だ(実際、メルケル首相は11月11日にはトランプ氏と初の電話会談を行っている)。しかしドイツ人が、トランプ次期大統領の全ての政策を無条件に受け入れることはない。人権、そして人間の尊厳の擁護は、ドイツにとって越えてはならないレッド・ラインだ。
ドイツ人は、過去のナチスによる犯罪に対する反省に基づき、この一線だけは譲らないだろう。トランプ氏がメキシコ人、イスラム教徒、同性愛者などに対して差別的な政策を取った場合、ドイツ人たちは、トランプ氏をはっきりと批判するだろう。
これが、ドイツと同じく米国と同盟関係にある日本政府との、大きな違いだ。私はドイツに26年前から住んでいる一市民として、ドイツ政府が11月9日に見せた毅然たる態度を、誇りに思う。
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