メルケルの失敗

 メルケルがおかした失敗の一つは、英仏など他のEU加盟国の協力を取り付けることができなかったことだ。毎日1万人の難民が到着するという戦後最悪の危機は、EU随一の経済大国ドイツにとっても、荷が重すぎた。メルケルは、2015年9月に国境を開放した時、事前にフランスと英国に相談することをしなかった。その後ドイツの外交官たちが、難民の割り振りを要請しても、英仏など他のEU加盟国は「ドイツが勝手に招いた事態なのだから、自分で責任を取れ」と冷淡な姿勢を見せた。

 欧州委員会によると、2015年にドイツで亡命を申請した外国人の数は44万1800人。フランスは約6分の1の7万570人。英国は約11分の1の3万8370人。ドイツは、EU域内で亡命を申請した外国人の35.2%を受け入れた。これに対しフランスは5.6%、英国は3.2%にすぎない。これらの数字は、メルケルが他のEU主要国の説得に失敗したことを如実に物語っている。

 EUの女帝は、難民危機によって崩壊した「ヨーロッパの連帯」を修復することができなかったのだ。もしもドイツに到着した難民が、他のEU加盟国にも分配されていたら、AfDのような右派ポピュリスト政党がドイツでこれほど躍進することはなかったかもしれない。メルケルの人道主義に基づく政策は、皮肉にもAfDにとって追い風になってしまったのだ。

 さらにメルケルは、「Wir schaffen das(我々は問題を解決できる)」というスローガンを繰り返すばかりで、難民危機を解決する具体的な手段を市民に提示することができなかった。このコミュニケーション不足も、メルケルが犯した失敗の一つだ。

2017年がメルケルの運命を決める

 2017年は、ザールラント(3月26日)、シュレスヴィヒ・ホルシュタイン(5月7日)、ノルトライン・ヴェストファーレン(5月14日)で州議会選挙が行われるほか、9月には連邦議会選挙を控えた重要な「選挙の年」である。このうち、ノルトライン・ヴェストファーレン州はドイツで最も人口が多い州なので、国政選挙の行方を占う重要なバロメーターとなる。

 現在メルケルが直面している状況は、前任者だったゲアハルト・シュレーダーが2004年から2005年前半にかけて体験した運命と二重写しだ。シュレーダーは2003年に「アゲンダ2010」を断行。雇用市場と社会保険制度に大きくメスを入れ、庶民の痛みを伴う改革を推し進めた。その結果、彼が率いるSPDは州議会選挙で立て続けに負けて、シュレーダーは2005年の連邦議会選挙で惨敗し、政治生命を絶たれた。

 メルケルが抱える最大の問題は、後継者選びだ。SPDばかりでなく、CDU・CSUにもメルケルほどの影響力と経験を持ったベテラン政治家はいない。小粒の「政治屋」ばかりだ。メルケルは2016年の連邦議会選挙に首相候補として再出馬するかどうかについて、まだ明らかにしていない。今年ドイツに入国する難民の数は、30万人前後と推定されている。昨年のほぼ3分の1だ。メルケルとしては、難民数が減少することで国民の不安感が鎮まり、自分に向かう批判の矢が減ったと判断すれば、CDU・CSUの後継者不足を理由に、再出馬しようとするかもしれない。

 SPDのガブリエル党首は、「メルケルとは大連立政権を組まない」と発言したことがある。だが、AfDの伸張に歯止めをかけるという大義名分を掲げ、前言を翻して再びCDU・CSUとの大連立を受け入れる可能性がある。現在AfDの支持率は約12%。来年の総選挙で初めて連邦議会入りすることが確実視されている。

 右派ポピュリスト政党の大躍進という、戦後初めての事態を前にして、伝統的な政党はどのように対処するのか。失われた国民の信頼を、どのように回復するのか。2017年が「欧州の女帝」メルケルの運命を左右する、正念場の年となることは間違いない。

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