地方選敗戦の責任を認めた独首相のメルケル

 アンゲラ・メルケルは2005年にドイツ連邦政府の首相に就任した。2010年以降は好景気を背景として国民の間で絶大な人気を誇っている。欧州最大の経済パワーを率いるメルケルは、リーマンショック、ギリシャ過重債務問題、ロシアによるクリミア併合とウクライナ内戦など様々な危機に対処し、欧州連合(EU)の事実上のリーダーとみなされてきた。

地方選挙で連敗

 だがメルケルが2015年9月にシリア難民など約89万人にドイツへの入国と亡命申請を許して以来、彼女に対する国民の支持率は急激に低下した。メルケル率いるキリスト教民主同盟(CDU)は、今年春から秋にかけて、5つの州議会選挙で立て続けに負けた。

 一方、メルケルの政策に真っ向から対立する右派ポピュリスト政党「ドイツのための選択肢(AfD)」は、大きく躍進した。この結果AfDは、ドイツにある16の州議会のうち、10州で議席を持つことになった。2013年に創設されたばかりの同党は、わずか3年で泡沫政党の地位を脱した。

 まず3月に旧西ドイツのバーデン・ヴュルテンベルク州で行われた議会選挙で、CDUは得票率を前回選挙の39%から12ポイントも減らし、惨敗。メルケルの難民政策に失望した多くの保守主義者たちがAfDの下へ走り、この反イスラム政党は15.1%の票を確保し、この州で初めて議会入りを果たした。

 CDUは隣の州ラインラント・プファルツでも得票率を4ポイント落とした。一方、投票者の12.6%がAfDを選んだ。このポピュリスト政党の躍進は、旧東ドイツで一段と目立った。同党はザクセン・アンハルト州で24.2%という驚異的な得票率を記録。投票者のほぼ5人に1人が、メルケルの難民政策に抗議するためにこの新政党に票を投じたのだ。CDUは逆に得票率を2.7ポイント減らしている。

ドイツで進行する「右派革命」

 旧東ドイツでは失業率が西側よりも高く、西側の企業の投資が進んでいない。このため技能を持った若者が旧西ドイツへ移住する動きが止まらない。つまり旧東ドイツでは、「東西ドイツ統一によって負け組となった」と感じる市民が今でも多く、CDUなど伝統的な政党への不信感が強い。

 この3つの州議会選挙で特筆すべきことは、前回の選挙に比べて投票率が大幅に上昇したことだ。バーデン・ヴュルテンベルク州では投票率が約4ポイント、ザクセン・アンハルト州では実に10ポイントも増えた。

 つまり前回の選挙では棄権した有権者たちが、難民問題についての不満を自分の1票によってぶちまけるために、投票所へ足を運んだのだ。最近流行語となっているドイツ語に「Wutbürger」つまり「怒れる市民」という言葉がある。難民危機はこうした怒れる市民を、右派ポピュリスト政党に投票させる起爆剤となったのだ。この点からも、難民危機はドイツ社会をじわじわと変えつつある。

 かつて社会からの疎外感を抱く人々は、緑の党などのリベラルもしくは左派の政党を支持した。1980年に結成された当時は泡沫政党だった環境保護政党「緑の党」が、支持率10%前後の中堅政党に成長したのは、「(当時、政権を担っていた)ドイツ社会民主党(SPD)の政策は保守的すぎる」と感じた人々が離反した結果だった。つまりリベラルな市民がSPDよりも左の政党を生む「左派革命」が起きたのである。