腹心カウダー院内総務を失ったメルケル
メルケル政権は今年3月に発足して以来、失点が続いている。とりわけ「メルケル時代の終焉」を国民に強く印象づけたのが、連邦議会でCDU・CSUの会派を13年間にわたって率いたフォルカー・カウダー院内総務の失脚だ。
CDU・CSUの議員たちは9月25日の投票でそれまで副院内総務だったラルフ・ブリンクハウス氏を会派のトップに選び、カウダー氏を落選させた。院内総務の役職は、CDU・CSUでは党首つまり首相に次いで重要なポストだ。院内総務は、政府が法案を議会でスムーズに可決できるように議員たちを統率する。
カウダー氏はメルケル首相の右腕とされ、時には強引なやり方で首相の意向を連邦議会の会派に徹底させていた。彼はしばしば議員の90%の票を集めて、院内総務に選ばれていた。メルケル首相やゼーホーファー氏も、カウダー氏を推していた。ベルリンで政局を観察しているドイツの政治記者たちの中にも、カウダー落選を予想する者はほとんどいなかった。
だがCDU・CSUの議員たちの間では支持率の低下とAfDの躍進について危機感が強まっていた。
ドイツの公共放送局ARDは9月21日、政党支持率に関する世論調査結果を発表し、「初めてAfDへの支持率(18%)が社会民主党(SPD)への支持率(17%)を上回り、AfDはCDU・CSU(キリスト教社会同盟)に次ぐ第2党になった。もし今総選挙が行われたら、政権与党は過半数を取れない」と報じた。
CDU・CSUの議員たちは地元に帰るたびに、草の根の党員たちの間に政権に対する不満が募っているのを感じていた。特に若手議員たちは「CDU・CSUから会派を変えなくてはならない」という機運が強まった。
その中でブリンクハウス氏は、院内総務選挙に立候補した後「これまでCDU・CSU会派は首相の意向を忠実に実行するだけの道具になり下がっていた。今後は会派も独自の意見を持ち、時には首相の路線にノーというべきだ」と述べて議員たちの心をつかんだ。ブリンクハウス氏は経済問題に精通した政治家で、2016年に欧州中央銀行の金融緩和政策を批判したことがある。だがこれまでほとんど注目されたことがない。つまりほぼ無名だった議員によって、メルケル政権を支える影の黒幕が政治の表舞台から追い落とされたのだ。
カウダー氏落選は、メルケル首相にとって手痛い敗北だった。今後はCDU・CSU会派の意見の調整がこれまでよりも難しくなるからだ。
連邦憲法擁護庁の人事をめぐる不祥事
大連立政権の「金属疲労」を象徴する出来事はカウダー落選だけではない。今年8月下旬には旧東独のケムニッツで、難民による殺人に抗議するデモが行われ、ネオナチなど一部の参加者が暴徒化して外国人を追いかけたり、ユダヤ・レストランに投石したりした。メルケル首相は外国人がドイツ人に追いかけられる映像について、「ドイツでこのような事態は絶対に起きてはならない」と強く批判した。
だが連邦憲法擁護庁の長官だったハンス・ゲオルク・マーセン氏は、この映像について「捜査を撹乱するために偽造された可能性がある」と信憑性に疑問を投げかける発言をし、極右勢力を擁護しているかのような印象を与えた。マーセン氏はメルケル首相の難民政策に批判的な意見を持っていた。
ゼーホーファー内相はマーセン氏を憲法擁護庁長官のポストから外して内務次官の役職を与えることを提案。メルケル首相も提案を承認した。だが内務次官の給与は憲法擁護庁長官よりも高いために、これは事実上の「昇進」だった。ネオナチを擁護するような発言をした官僚が給料を増額してもらえるというわけだ。ゼーホーファー内相のこの提案に、メディア、社会民主党や国民から激しい抗議の声が上がった。メルケル氏もやむなく承認を取り消して、マーセン氏を給与が同額の内務省顧問のポストに付けることを決めた。
この後メルケル首相は、「市民の常識に反する決定をしてしまった」と述べ判断を誤ったことについて謝罪した。首相が自分の判断ミスについて、公に謝罪するのは珍しい。
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