そのための具体策として、NATO加盟国は、今年7月8日にポーランドの首都ワルシャワで開いた首脳会議で、ポーランドとバルト3国にそれぞれ1000人規模の戦闘部隊を駐屯させることを決めた。1997年にロシアとNATOが調印した基本合意書によると、NATOは東欧地域に同じ戦闘部隊を常駐させてはならないことになっている。このためポーランドとバルト3国にいる合計4000人のNATO部隊は定期的に交替する。しかし、今年からNATOがこの地域の軍事的プレゼンスを強化したことに変わりはない。

 NATOは今年6月にポーランドで、3万1000人の兵士を動員した軍事演習「アナコンダ」を実施した。この演習は、敵国がバルト海からポーランドに侵攻し、東の隣国からも戦闘部隊が侵入するというシナリオの下に行われた。

 「アナコンダ」を終えた数日後には、演習「セーバー・ストライク」を実施した。これはエストニア領内の、ロシア国境から約150キロの地域で行なわれたもの。NATO加盟国から約1万人の部隊が参加した。これらの演習は、ロシアがスバルキ・ギャップを突破する誘惑にかられないように、牽制するためのものだ。

 筆者は米軍のエイブラムス戦車や装甲兵員輸送車が大量に投入され、迷彩服に身を固めた兵士たちが榴弾砲を発射する訓練風景を見て、東西冷戦がたけなわだった頃のヨーロッパを思い出した。それは筆者にとって一種のデジャヴュ(Déjà-vu=既視感)だった。

 筆者は、1980年に初めて西ドイツを訪れた。当時は、列車に乗るたびに車窓からNATOの戦車部隊の訓練を目撃したものだ。サンダーボルト・A10型地上攻撃機が激しい轟音とともに低空飛行し、ワルシャワ条約機構軍の戦車が西ドイツに侵攻する事態を想定した訓練を繰り返していた。もちろん東西ドイツを隔てる壁の向こう側でも、ワルシャワ条約機構軍がしばしば演習を行っていた。

 1989年にベルリンの壁が崩壊して以降、ヨーロッパには雪解けムードが広がり、長い間このような演習は行われなくなっていた。だがロシアがクリミアを併合して以降、NATOは軍事演習を再開し、ヨーロッパの緊張感は確実に高まっている。欧米諸国は、「クリミアの二の舞は許さない」というメッセージをプーチンに送っているのだ。

 NATOの盟主である米国は、ロシアとの緊張の高まりを背景に、防衛予算を少なくとも国内総生産(GDP)の2%まで引き上げるよう加盟国に求めている。2015年の時点で防衛予算がこの値を超えていた国は、米国を除くとギリシャ、英国、エストニア、ポーランドの4ヶ国だけだ。

 ドイツの防衛予算もGDPの1.19%であり、目標にほど遠い。だが今年5月にドイツ連邦国防大臣のフォン・デア・ライエンは、「防衛予算を、2020年までに現在よりも約14%増やして、392億ユーロ(約4兆5080億円にする」と発表。またドイツ連邦軍の兵士の数も2023年までに1万4300人増やす。ロシア軍が得意とするサイバー攻撃に対応するための専門部隊も、大幅に増強する。

 ドイツが将兵の数を増やすのは、東西ドイツ統一後初めてのこと。徴兵制を廃止したドイツ連邦軍の将兵の数は、1990年の58万5000人から17万7000人へと激減していた。こうした動きにも、東西冷戦の再燃が浮き彫りになっている。

他地域で盟友を求めるプーチン

 筆者は今年8月、講演を行うために3週間日本に滞在した。ヨーロッパで緊張が高まっている現状がほとんど報じられておらず、「プーチン訪日」のニュースだけが盛んに伝えられていることに奇異な印象を抱いた。

 ヨーロッパで欧米諸国との対決姿勢を強めているプーチンは、他の地域では新しい「盟友」を見つけようとするだろう。したがってロシアは、日本への接近を試みるに違いない。ロシアが、EUによる経済制裁の効果を減じるために、中国との間で天然ガスの長期販売契約に調印したのはその表れだ。

 またプーチンは、トルコとの関係改善もめざしており、今年8月初めに同国の大統領、エルドアンと会談した。トルコが去年11月に、ロシア軍の戦闘機をシリア国境付近で撃墜して以来、両国の関係は悪化していた。

 エルドアンは、クーデター未遂事件後に多くの軍人や市民を逮捕したために、EUから強く批判されている。EUに加盟するというトルコの悲願も、遠のきつつある。エルドアンと欧州諸国の間の関係は、極めて険悪化している。もしトルコをNATOから脱退させることができれば、プーチンはヨーロッパ南部での混乱、特に難民危機をさらに深刻化させることに成功するだろう。