この作業部会は、今年3月に、IoT時代の雇用と職業教育に関する提言書を発表した。提言書を執筆したIGメタルのコンスタンツェ・クルツ氏らは「多くの労働者は、IoTによって労働がどのように変わるかがわからないために、不安を抱いている。このため、職場での研修制度を充実させることによって、人々の不安を減らす必要がある」と指摘。

 さらに、「インダストリー4.0は、ITの知識を持つ機械工など、新しい資格を必要とするので、研修内容を大幅に変えるべきだ」と提案している。クルツ氏らは、経済団体、労組、学識経験者が参加し、職業教育の改革についての対話の場を設けるよう政府に要請した。加えて、労働や教育をIoTの時代に合わせて変革するための構想を作るよう求めた。

 さらに第5作業部会はこの提言書の中で、インダストリー4.0を実践するために必要な職業訓練をすでに実施している企業の実例も数多く紹介している。

 たとえば大手電機・電子メーカーのシーメンスは、従業員の職業訓練にIoTの要素を盛り込んだ「Industrie4.0@SPE」という研修プロジェクトを始動させた。同社は研修プログラムの中に、データバンク、ITセキュリティ、センサー技術など、デジタル化に関連した25種類の新しい職能を付け加えた。同社で職業訓練を担当するクリストフ・クンツ氏は「将来の電気技術者は、もはや100%電気技術者ではない。60%は電気技術者、20%は機械工、20%はIT技術者であるべきだ」と語る。

 またドイツには、若者が職業訓練校で理論を学びながら、企業で研修生として働いて技術を身に付けるデュアル・システムという伝統的な研修制度がある。ダイムラーは経営学とインダストリー4.0を組み合わせた、新しい実務研修制度をドイツで初めて導入した。

 PI4がこうした実例を紹介しているのは、中小企業や企業ごとの労働組合(事業所評議会)に対して、IoTの時代には職業訓練が現在以上に重要になることを知らせるためだ。この提言書は、いわば中小企業が自社の研修制度を改革するための手引書でもある。

労働組合もIoTプロジェクトに参加

 国が雇用と職業教育に関する作業部会を、労働組合の代表に担当させているのは、興味深い。政府は組合をIoT推進プロジェクトに深く関与させることによって、企業経営者だけではなく、労働者の利益も守ろうとしているのだ。さらにドイツでは、今後義務教育の中にITに関するスキルの習得を導入する必要もある。デジタル化時代を視野に置いた教育改革は、政府がイニシアチブを取って行わなくてはならない。

 デジタル化が進んだ経済では、フェイスブックの創業者のような一握りの勝者と、不要になった業種で働いていた市民の間で格差が拡大する。「小さな政府」を重視する米国では、競争の敗者を国家が救うことはない。

 これに対し、第二次世界大戦後のドイツは、自由放任主義・競争原理に基づく米国や英国とは異なり、「社会的市場経済(Soziale Marktwirtschaft)」という経済モデルを採用してきた。企業は、政府が定める経済秩序や法的枠組みの中で競争しなくてはならない。競争に負けた弱者に対しては、国が社会保障によって救済の手を差し伸べる。社会保障制度は、所得格差を減らす上で重要な武器である。

 ドイツ政府がIoT普及をトップダウンで開始し、PI4を通じてデジタル化が雇用に与える悪影響を制限しようとしていることには、社会的市場経済の思想が反映している。ドイツ語にはOrdnungspolitik(秩序政策)という日本語にはない概念がある。ドイツ人たちはIoT普及においても、社会秩序と公共性を重んじているわけだ。

 またドイツでは「インダストリー4.0の時代には新しい形態の働き方『労働4.0』が必要ではないか」という意見が強まっており、盛んに議論が行われている。

 日本ではデジタル化時代の雇用や職業教育についての議論が、ドイツほど盛んに行われていない。我が国でも政府がより強力なイニシアチブを取り、IoTがもたらす副作用を最小限に抑えるべく努力すべきだ。