五つ星運動と同盟は選挙期間中に、EUが求める歳出削減や増税ではなく、減税などのバラマキ政策を約束することによって、有権者の支持を勝ち取った。五つ星運動は「市民所得」という低所得層へのベーシックインカム(基本収入)の導入を提案している。さらに同盟は税率を一律に低い水準に抑える「フラット・タックス」の導入を掲げる。五つ星運動を支援するある経済学者は、ユーロに並行して金券を市民に配ることによって消費意欲を刺激するべきだと主張したことがある。いわゆるヘリコプター・マネーだ。EUが求める歳出削減や増税とは、真逆の政策だ。

 「EUに緊縮策を押し付けられるのは我慢がならない。EUのこうした政策にはドイツの意向が強く反映している」という感情が、国民の間に広がっている。五つ星運動の指導者たちは、2009年の創設直後には「イタリアはユーロ圏から脱退するべきだ」と主張していた(現在、ユーロ圏脱退は主張していない)。

 たとえば筆者の知人のイタリア人は「ヨーロッパは長年にわたって、欧州中央銀行や国際通貨基金のマネタリスト(通貨主義者)たちによって支配されてきた。彼らはユーロ危機を緩和するどころか、悪化させた。イタリアは、マネタリストによる屈辱的な支配を終わらせ、ヨーロッパにルネサンスをもたらすべきだ」と語っている。自国政府の借金依存体質を棚に上げて、「EUの巨大官僚機構とドイツの軛(くびき)の下に置かれているために我が国の経済状態が悪化している」というのは、ギリシャで政権の座に就いた左派ポピュリストたちと似た主張である。

「EUの緊縮策はジェノバ事故の一因」

 しかも2カ月前に政権の座に就いたばかりのイタリアのポピュリストたちは、EUの緊縮策がジェノバの事故の間接的な原因だと言い始めた。

 コンテ政権の副首相、内務大臣を務める「同盟」のサルビーニ氏は、8月15日に「私はイタリアの大臣として高速道路、鉄道、学校、病院などを定期的に点検、修理しなくてはならない。だがEUは我が国の公的債務や財政赤字を理由に、カネを支出してはならないと口をはさむ」と述べ、EUの緊縮策が交通インフラの維持を妨げているかのような印象を与えた。同氏は、「私は今年9月に議会に提出する2019年度の予算案で、イタリア人の安全、健康、雇用を優先させる。EUの緊縮要求は二の次にする」と大見得を切った。

 さらにサルビーニ氏は「高速道路などインフラの保守・修理のための予算を、ユーロ圏加盟国の財政赤字比率の計算に含むべきではない」と訴えた。つまりこのポピュリスト政治家は、ジェノバの事故を理由に「財政赤字比率3%未満、公的債務残高比率60%未満」の規則を無視しようとしているのだ。

 交通インフラが劣化した責任は始動したばかりのポピュリスト政権ではなく、歴代のイタリア政府にある。8月18日にジェノバで行われた事故の犠牲者の葬儀では、多くの遺族が参列を拒否した。過去の政府がインフラ整備などの公共事業について意思表明を行うばかりで、実際の整備を怠ってきたことについて抗議するためである。現在イタリアを覆っている市民の怒りと悲しみが、同国に機能マヒをもたらした伝統的政党の政治家たち、そしてEUへの怨嗟に変わる可能性がある。サルビーニ氏はこの感情を、自分の政治目的のために利用しようとしているのだ。

 EUの報道官は8月16日に「緊縮策がジェノバの事故の一因」とするサルビーニ氏の主張を全面的に否定した。報道官は「イタリアは2014~20年までに、インフラを整備するためのEU公共投資基金から25億ユーロ(3250億円)を受け取る」と説明。さらにEUは域内の高速道路などインフラ整備のための予算を増やすことを決めている。たとえば今年4月に、ジェノバ地区を含むイタリアの高速道路を改修するために85億ユーロ(1兆1050億円)の投資を決定した。

 つまりEU側は「イタリアはEUからインフラ整備のために資⾦を供与されている。EUが求める緊縮策のために⾼速道路を⼗分に補修することができず、事故が起きたという主張は笑⽌千万だ」と指摘しているのだ。ドイツのメディアもサルビーニ氏の発言は愚の骨頂だという見方を打ち出している。

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