独ソに翻弄されたバルト3国

 バルト3国の歴史は、大国に挟まれた小国がしばしば味わう苦難の道程だった。彼らの運命はドイツとロシアによって弄ばれ、多くの人命が失われた。バルト3国とポーランドは、列強の版図拡張によって、欧州の地図の上から何度も消されるという辛酸をなめてきた。

 18世紀以来ロシア帝国に占領されていたバルト3国は、ロシア革命によって帝政が崩壊したのを機に、1918年に独立した。だが1939年にヒトラーとスターリンは、独ソ不可侵条約を締結。条約の秘密議定書は、ナチスドイツがポーランドの西半分を占領し、ソ連がバルト3国とポーランドの東半分を領土に編入することを取り決めていた。ヒトラーとスターリンという2人の独裁者は、東欧諸国の政府と国民が知らぬまに、これらの地域を勝手に分割したのだ。

 ナチスドイツがポーランドに侵攻した翌年の1940年に、ソ連はバルト3国に攻め込み、強制併合した。バルト3国の閣僚や知識階層は次々に逮捕され、家畜を運搬する貨物列車に押し込まれて、シベリアの労働収容所(ラーゲリ)に移送された。彼らの大半は、酷寒のシベリアで凍死したり、病死したりした。

ソ連の秘密警察NKWD(人民内務委員会)とKGB(国家保安委員会)が使用した建物(リガ市内にて・熊谷徹撮影)

 1941年6月にヒトラーが独ソ不可侵条約を破って「バルバロッサ作戦」を発動し、ソ連侵攻を開始した時、バルト3国の多くの市民は初めのうち、「共産主義政権からの解放者」としてドイツ軍を歓迎した。だがナチスドイツも、恐怖政治を行うテロ国家であることに変わりはなかった。

 ナチスの特務部隊(アインザッツ・グルッペ)は、バルト3国の主要都市にゲットーを設置してユダヤ人を押し込めた。ナチスは、リガやビリニュス郊外の森などで、約22万人のユダヤ人を殺害した。これは、バルト3国に住んでいたユダヤ人の約85%に相当する。当時ナチスは毒ガスによる絶滅収容所を開発していなかった。つまりアインザッツ・グルッペは、20万人を超える市民を銃によって処刑したのだ。女性や子供を含む非戦闘員の大量処刑は酸鼻を極め、精神的ストレスのために発狂するドイツ兵士もいた。

 バルト3国は、1944年にソ連軍によってナチス支配から解放されたものの、再びソ連の領土として強制併合された。共産主義支配は、その後およそ半世紀にわたり続いた。この期間にも、多くの市民が秘密警察によって恣意的に逮捕されて、処刑されたりシベリアに追放されたりした。

 リガ市内には、ソ連の秘密警察NKWD(人民内務委員会)とKGB(国家保安委員会)が使用した建物が残っている。アールヌーボーの装飾に覆われた美しい建物の中で、市民に対する尋問、拷問、処刑が行われた。多くのラトビア人が、扉から中に入ったが最後、生きて帰ることはなかった。薄暗い建物に足を踏み入れると、バルト3国の市民たちがロシアに対してなぜ強い猜疑心を抱くのかが、よく理解できる。投獄と殺戮の歴史は、人々の心にまだ深く刻み込まれている。

バルト3国には、ソ連占領時代の建物が数多く残っている。その建築様式は「スターリン・ゴシック」と呼ばれる。(タリンにて熊谷徹撮影)

「バルト3国を二度と見捨てない」

 あるラトビア人は、「1990年にソ連から独立した時、我々は欧州に帰還したのだ。これは我々ラトビア人の長年の願いだった」と筆者に語った。

 今年NATOが旧ソ連領土に初めて戦闘部隊を常駐させるという、ある意味でリスクの大きい賭けに踏み切った背景には、18世紀以来ロシアやドイツによって苦しめられてきた小国が、再びロシアの軛(くびき)の下に置かれることを許さないという、西欧諸国の固い決意がある。

 特にドイツ政府は、ナチスがバルト3国で暴虐の限りを尽くしたことに対する反省から、これらの国々の防衛について積極的だ。たとえばドイツ連邦軍は、リトアニアに駐留するフランス、ベルギー、クロアチア、ルクセンブルク、オランダ、ノルウェーの混成大隊1200人を指揮する役割を担っている。ドイツは70年前に、この地で重い犯罪をおかした。そのことに対する責任感から今、ドイツ連邦軍はリトアニアで混成大隊を率いるという重い任務を引き受けたのだ。

 ドイツの国防大臣ウルズラ・フォン・デア・ライエンは今年2月7日、リトアニアに駐留するNATOの混成大隊を訪問した。ドイツ連邦軍が指揮する部隊だ。彼女はこの時に、バルト3国防衛に向けて固い決意を表明してした。

 「我々はリトアニアの未来を守ると約束する。リトアニアは二度と孤立無援になることはない。リトアニアの人々は、世界最強の軍事同盟によって守られている。ドイツ、ベルギー、フランスなどの兵士たちは、リトアニア人たちとともに国境を守る。リトアニアの自由と独立が、犯罪的なパワーポリティクスの餌食になることを、二度と許してはならない」

 フォン・デア・ライエンは、「我々ドイツ人は、リトアニアの混成大隊の指揮官役を務めることを、誇りに思う。冷戦の時代、西ドイツはNATOによってソ連の脅威から守られていた。今度は、我々がNATOに貢献してお返しをする番だ。20世紀の欧州の歴史は、自由と安全は自動的に与えられるものではなく、努力して勝ち取らなくてはならないことを我々に教えている」と付け加えた。

 バルト3国の市民たちは、彼女の言葉を胸に刻み込んでいる。トランプが大統領に就任して以来、米国によるNATOへの関与は、冷戦時代に比べて大きく揺らいでいる。盟主・米国の指導力に陰りが生じつつある今、NATOは、これらの国々を悲劇の再来から本当に守ることができるのだろうか。