今年6月中旬に、NATOは「ボトニア」という架空の国がスバルキ・ギャップを占領したというシナリオの下に、軍事演習を行った。ボトニアがロシアを想定していることは、言うまでもない。この演習では、米国、英国、ポーランドの混成部隊がヘリコプターでスバルキ・ギャップに送り込まれ、ボトニア軍を攻撃。その後、南方から米軍の戦車部隊が進入して、スバルキ・ギャップを制圧した。

 演習はNATO軍の勝利に終わったが、現実は厳しい。筆者は今回バルト3国を訪れて、この地域に山がほとんどなく、平原が多いために、戦車部隊による「電撃戦」を展開するのに適していることに気が付いた。ロシア軍の戦車部隊は、いったん国境線を突破したら、平原や、交通量が少ない高速道路を利用して、あっという間にビリニュス、リガ、タリンなどの主要都市に到達してしまうだろう。米シンクタンクのランド研究所は、2016年に発表した報告書の中で、「ロシア軍は攻撃開始から36時間以内にバルト3国の首都を占領できる」と予測している。

 このように、軍事的、地理的な条件はバルト3国にとって極めて不利だ。NATOが今年初めにこの地域に戦闘部隊を駐留させたのは、このためである。第二次世界大戦後ソ連に併合されていた地域に、NATOが戦闘部隊を常駐させるのは、初めてのことだ。

小兵力でも戦略的に重要な抑止力

 もちろん、バルト3国に駐留しているNATOの戦闘部隊は、大兵力ではない。その数はリトアニアとラトビアにそれぞれ1200人、エストニアに800人にすぎない。わずか3200人の小兵力では、ロシア軍の総攻撃の前に、ひとたまりもなく打ち破られてしまうだろう。

 バルト3国は抑止力を高めるために、米軍の常駐も希望したが、米軍は拒否。ポーランドに戦車や装甲戦闘車を含む4000人規模の戦闘部隊を配置するに留め、軍事演習などに参加することにより、「出張ベース」でバルト3国を支援する。

 しかし重要なのは、兵士の数ではない。ロシアは万一バルト3国を攻撃した場合、これらの国だけではなく、米国を盟主とする軍事同盟NATOと直接戦うことになる。このことは、ロシアに対する重要な抑止力となる。かつてのソ連すら、NATOと銃火を直接交えたことは、一度もなかった。その意味で、NATO軍がバルト3国に常駐することは、これらの小国にとって「保険」となる。戦術的には弱小兵力でも、戦略的には極めて大きな意味を持つ。

ロシアの地政学的行動に変化

 もう一つ、欧米諸国がバルト3国に戦闘部隊を派遣した理由は、21世紀に入ってからロシアの軍事的、地政学的な行動に明確な変化が見られるからだ。ロシアは、2008年の南オセチア紛争で一時隣国グルジアに侵攻した。

 さらにロシア大統領のプーチンは2014年2月末に、戦闘部隊をクリミア半島に派遣し、軍事施設や交通の要衝を制圧。3月にはクリミア半島を併合した。その後ロシア系住民の比率が多いウクライナ東部で、分離派とウクライナ政府軍との間に内戦が勃発。ロシア政府は分離派に兵器を供与するなどして、内戦に介入している。ウクライナ東部ではロシア軍の兵士も捕虜になっており、同国がウクライナ内戦に関与していることは確実だ。

 ロシアがクリミアを併合して以降、バルト3国の住民の間では、東隣の大国に対する不安が高まっている。ソ連はこれらの国を占領していた約半世紀の間に、多くのロシア人を移住させた。このため、エストニアとラトビアの住民の25%はロシア系である。プーチンは、ロシア系住民の比率が高い地域を、自国の勢力圏と見なす傾向がある。ロシアの目には、NATOが旧ソ連圏の国に戦闘部隊を常駐させることは、挑発行為と映るだろう。あるラトビア人は言った。「ロシアとバルト3国の間で緊張が高まるような事態は、考えたくない。筆者の友人や親戚にはロシア系住民がたくさんいる。彼らも同じ人間だ」。

 だが極端な民族主義は、しばしば庶民の運命を狂わせる。筆者が1990年代に訪れたボスニアでも、ユーゴスラビアの一部だった時代には、セルビア系住民、クロアチア系住民、イスラム教徒が仲良く共存していた。だがボスニア内戦では、セルビア大統領(当時)のミロシェビッチの民族主義に煽られて異なる民族が殺し合い、社会に深刻な亀裂を生んでしまった。その傷は、今なお完全には癒えていない。様々な民族が同居するバルト3国には、バルカン半島を連想させる部分がある。

 NATOは、ロシアがクリミア併合のような暴挙をバルト3国で行う誘惑にかられないように、これらの国に戦闘部隊を常駐させたわけだ。