EU議会は、「トルコが対テロ法を大幅に改正しない限り、トルコ人がビザなしでEUに渡航するのを認めない」と5月初めに宣言。トルコ政府は、「EUは難民合意が成立してから、新しい条件を持ち出してきた。これはフェアなやり方ではない」と激怒している。EUとトルコのどちらかが譲歩しない限り、難民合意は破綻するだろう。

 確かに、エルドアンの最近の態度には、強硬さが目立つ。5月20日にはトルコ議会が憲法を改正し、138人の議員の不逮捕特権を剥奪した。この議員たちに対して、トルコの検察庁が腐敗や不法なプロパガンダ容疑で捜査を行っている。不逮捕特権を失った138人のうち、50人はクルド人の利益を代表する政党に属している。このことから、エルドアンがクルド人への敵意を一段と強めていることが伺われる。

 野党議員たちからは、「エルドアン大統領による独裁体制への道を開くものだ」と強い抗議の声が上がった。ドイツの保守系日刊紙フランクフルター・アルゲマイネ紙(FAZ)のライナー・ヘルマン記者も、「このままでは、トルコは民主主義国ではなくなる。クルド人が議会から締め出された場合、彼らは武装闘争に走るかもしれない。トルコ議会は、パンドラの箱を開いた。同国では対立と抗争が深刻化するだろう」と警鐘を鳴らしている。

 穏健派として知られたアフメト・ダウトオールが、5月8日にトルコの首相から退いたことも、EUにとって悪い兆候である。彼が退陣した理由は、対クルド政策などをめぐって、エルドアンと衝突したことだった。

メルケルが抱く不快感

 メルケルは、難民問題に関する国連の会議に出席するため、5月22日にトルコを訪問し、ジャーナリストや人権団体、弁護士らと会い、同国での人権をめぐる状況について話し合った。メルケルがエルドアンと会談する前に人権団体と会ったことは、エルドアン政権に対する彼女の強い不快感を示している。

 メルケルは5月23日にエルドアンと会談した後、記者団に対して「トルコの議員の約4分の1について不逮捕特権が剥奪されたことについて、深く憂慮していることを、大統領にはっきり伝えた」と述べた。さらにメルケルは、「トルコはビザなし渡航のための条件をすべては満たしていない。7月1日からビザなし渡航を許可することは、難しいだろう」という見方を明らかにした。

 メルケルが率いる大連立政権の一翼を担うキリスト教社会同盟(CSU)のホルスト・ゼーホーファー党首は、「物事には限界というものがある。トルコは法治国家の名にふさわしくない行いを続けている。こうした事態について、深く憂慮するという言葉だけでは不十分だ。EUは、難民で合意したことを理由にトルコによって脅迫されてはならない。メルケル首相はそのことをエルドアン大統領にはっきり言うべきだ」と批判した。

 エルドアンは、ドイツとEUに対して怒りを露わにした。彼は国連の難民会議の席上で「EUはトルコが他の条件も満たすべきだと主張する。いったいどの条件を満たせというのか? 我が国が、EUに対してひざまずいて物乞いをすることはない。我々が求めているのは、公正さだけだ。我々は交渉を続ける。だが万一、難民合意をめぐる交渉が決裂したら、残念だがどうしようもない」と述べた。彼は、EUが反テロ法の改正に固執し、無条件のビザなし渡航を認めない場合には、難民合意を反故にする可能性をちらつかせたのだ。つまりメルケルは、エルドアンとの会談で彼を説得することに失敗した。

激減した難民数

 メルケルの立場は微妙だ。ドイツには昨年、約110万人の難民が到着した。しかし今年に入ってからは激減している。バルカン半島のセルビアやマケドニア、スロベニア、ハンガリーなどが国境を封鎖したほか、違法にギリシャに渡った難民をトルコが送還しているからだ。