また5月7日にドイツ北部のシュレスヴィヒ・ホルシュタイン州で行われた州議会選挙でも、SPDの得票率は3ポイント下落した。CDUは、得票率を1.8ポイント増やしてSPDとの票差を広げた。

 ボディーブローを受けてすでにふらふらになっていたSPDを、アッパーカットでリングに轟沈したのが、ノルトライン・ヴェストファーレン州(NRW州)での議会選挙だった。ここは、シュルツ氏の出身州。SPDが大幅に票を減らしたことは、今年1月から3月まで続いたシュルツ・フィーバーが完全に冷めたことを示している。

 SPDとシュルツ氏の大きな失敗は、今年1月の時点で具体的な政策プログラムを打ち出せなかったことだ。同氏は、「高年齢の失業者に給付金を支給する条件を改善する」と発言したものの、メルケル政権の政策との差を打ち出すことはできなかった。同党はNRW州議会選挙で敗北した後、5月22日になってようやく、所得税の最高税率引き上げを盛り込んだ政策プログラムを発表した。しかし、公的年金制度の改革についてはまだ触れていない。

不安の時代に「安定」を求めるドイツ人

 筆者は、NRW州議会選挙で有権者がCDUを勝たせ、SPDに背を向けた理由は、「将来に対してドイツ人が抱く不安」にあると見ている。

 2010年以降、ドイツの経済パフォーマンスは絶好調である。2016年の輸出額は1兆2075億ユーロ(145兆円・1ユーロ=120円換算)となり、過去最高記録を更新した。2015年の経常黒字は2841億ドルで、OECD(経済協力開発機構)加盟国の中で最大。中国に次いで、世界2位である。

 今年3月の失業率は3.9%で、チェコに次いで欧州で2番目に低い。同国の経済界は、好景気のために慢性的な人材不足に悩んでいる。国内だけではエンジニアやITスペシャリストを調達できないので、インドや中国から次々に専門家を招聘している。

 OECD(経済協力開発機構)は、失業率が4%前後を割った状態をしばしば完全雇用と定義する。この数字は、地域と年代によって異なるが、ある国の経済が完全雇用状態にあるかどうかを測る大体の目安は、4%である。ドイツはこの状態に到達したことになる。ドイツの失業率は、2005年には11.5%だった。現在はその半分以下になったのだ。

 さらにドイツの連邦政府や地方自治体は2014年以来、毎年財政黒字を達成しており、新規国債の発行が不要になった。2016年には、財政黒字が237億ユーロと過去最高の水準に達した。

 ドイツの公共放送局ARDが今年5月に行った世論調査によると、回答者の実に81%が、「自分の経済状態は良い」と答えている。

 だがドイツ人は、現在の好景気が終わるかもしれないと、漠たる不安を抱いている。その原因は、保護主義を標榜するトランプ大統領の誕生、英国のEU離脱決定、ウクライナだけでなくバルト3国でも高まるロシアへの猜疑心、トルコとEUの対立の激化、イスラム・テロの脅威などである。

 ARDのアンケートによると、回答者の64%が「ドイツへの脅威が高まっている」と感じている。「脅威は高まっていない」と答えた人の比率は、35%にすぎない。

 このような不透明な時代に有権者が、シュルツ氏というドイツ政治の未経験者ではなく、メルケル氏というベテランをより強く信頼するのは、ある意味で自然なことである。ARDの世論調査によると、「首相を直接選べるとしたら、メルケルを選ぶ」と答えた回答者の比率は49%で、「シュルツ」(36%)に13ポイントもの差をつけている。また「次の連邦政府はCDUが率いるべきだ」と答えた回答者の比率も47%で、「SPD」(36%)を上回る。ドイツ人は、先行きが見えない時代に、シュルツ氏を指導者に選ぶという「実験」は行わないだろう。

 現在欧州で我々が目撃しているのは、社会民主勢力の劇的な衰退だ。グローバリズムとナショナリズムの対決の中で、多くの市民は社会党や社民党に背を向けつつある。フランスの大統領選挙でも、オランダの議会選挙でも、社会党の得票率は前回に比べて激減した。同じことがドイツでも起きつつある。

 メルケル首相は、豊富な経験を背景に4選に「王手」をかけた。だが、彼女が4期目を最後まで務めると、首相在任年数が16年間となり、ヘルムート・コール元首相と並ぶ。メルケル首相とCDUは、国民に引き続き安心感を与えられる後継者を、真剣に探し始めなくてはならない。これが同氏とCDUにとって最大の難題かもしれない。