アムリは当初、亡命申請者としてNRW州に住んでいた。同州の警察はアムリを危険人物と見なし、密偵を派遣したり、携帯電話を盗聴したりして監視していた。アムリがドイツで無差別テロを起こすと発言していたにもかかわらず、警察はこの男を逮捕しなかった。警察は、アムリがベルリンに移り、麻薬の売買に手を染めてからも、摘発しなかった。もしも警察がアムリを逮捕してチュニジアに送還していたら、ベルリンでの無差別テロは起きなかったかもしれない。

 またNRW州では、2016年に空き巣による窃盗被害の件数が5万2578件にのぼった。これは、全国で最悪の数字である。しかも犯人の検挙率は16%にとどまる。このため市民の間で治安の悪化を懸念する声が高まっているが、州政府は有効な対策を取ることができずにいた。

 またNRW州では、高速道路など公共インフラが老朽化しているのに整備が進まないことや、教育予算や教師の不足についても、市民が強い不満を示していた。SPDと緑の党は、学校の授業についていけない子どもに助けの手を差し伸べることを、重要な政策目標の1つに掲げていたが、教師の増員などを実現するために十分な予算を割くことはなかった。この点も、NRW州の有権者がクラフト政権を追い落とした大きな原因の1つとなっている。

難民危機の鎮静化がメルケルに幸い

 次に中央政府のレベルについて見る。2015年9月にメルケル首相がシリアからの難民を多数受け入れた、いわゆる「難民危機」から2年間近く経ったことがCDUに幸いした。

 昨年の夏以来、ドイツに到着する難民の数は減少しつつある。2015年11月には、実に約20万人の難民がドイツに到着した。しかしセルビアやハンガリーなどバルカン半島の国々が国境を封鎖したことや、トルコとEU間の合意に基づき、トルコに送還される難民数が増えたために、昨年の春以降に激減した。

 たとえばドイツでの亡命申請件数は、昨年8月には約8万9000件だったが、今年4月には約1万5000件に減っている。一昨年に比べると、ドイツのメディアで、難民に関するニュースが流れることも少なくなった。

 メルケル首相は、保守派の市民から「十分な準備もなく難民を受け入れた」として厳しく批判された。2016年2月には、メルケル首相の支持率は前月に比べて12ポイントも下がって46%になった(公共放送局ARDの世論調査)。

右派ポピュリスト政党の「自爆」

 2016年にはザクセン・アンハルト州など3カ所で行われた州議会選挙で、「ドイツのための選択肢(AfD)」が2桁の得票率を確保し、議会入りを果たした。AfDは、ユーロ廃止や排外主義を主張する右派ポピュリスト政党だ。これは多くのCDU支持者が、メルケル首相の人道主義に基づく難民政策は「左派に近い」と判断して拒否反応を起こし、AfDに流れたためである。

 だが難民危機から時間が経つにつれて、メルケル首相への支持率は回復し、今年5月には63%に達している。これに対してAfDへの全国レベルの支持率は、昨年夏には一時15%に達していたが、現在は10%に下がっている。

 この背景には、英国・米国で保護主義や排外主義を標榜するポピュリズムが高まっていることがある。特に英国国民投票でのBREXIT派の勝利、米国のトランプ大統領の様々な過激な言動や予測不可能な行動は、ドイツの有権者の間でポピュリズムに対する反感を強めた。

 またAfDの内紛も、支持者を減らす原因となっている。同党テューリンゲン支部のビョルン・ヘッケ支部長は、講演の中で「ドイツ政府がベルリンに建設した、ホロコースト犠牲者を追悼するモニュメントは、ドイツの恥だ」と断言し、ナチスドイツの過去と対決する連邦政府の姿勢を批判した。このことは、AfD幹部の中にネオナチに酷似した思想の持ち主がいることを示し、AfD支持者の中の穏健派から反発を買った。

 さらにAfD指導部がヘッケを除名処分にするかどうかをめぐり、真っ二つに割れていることも、同党のイメージを傷つけた。