機関投資家ら1600人が提訴

 仮にヴィンターコルン氏らが刑事訴追を免れても、民事訴訟が待っている。株価暴落によって被害を受けた約1600人の株主たちが、VWに損害賠償を求める訴訟をブラウンシュヴァイク裁判所に提起しているのだ。原告には、カリフォルニア州職員退職年金基金、ノルウェー国家基金、米国の投資銀行ブラックロック、アリアンツ保険、バイエルン州政府・年金基金、バーデン・ヴュルテンベルク州政府・年金基金など多くの機関投資家が名を連ねる。損害賠償の請求額は、合計約90億ユーロ(1兆1700億円)に達する。裁判所が原告の主張を認めた場合、VWの経済負担はさらに増加する可能性がある。

 現役時代にドイツ経済界で最高の年収を稼いでいたヴィンターコルン元CEOは、辞任後の現在でも企業年金の額が1日3100ユーロ(40万3000円)に達する。彼の企業年金の総額は3000万ユーロに達する。だがVWの監査役会は「ヴィンターコルン氏が企業に甚大な経済損害を与えた」として、巨額の損害賠償を請求するよう検討している。ドイツの一部の報道機関は「損害賠償請求は10億ユーロに達する可能性もあり、ヴィンターコルン氏は全財産を失うかもしれない」と指摘している。

ダイムラー、BMWにも飛び火

 排ガス不正は3年前にはVWによる「単独犯行」と思われていたが、検察庁は他のメーカーにも捜査の標的を合わせている。シュトゥットガルト検察庁は昨年5月に、排ガス不正容疑でダイムラーの本社などを捜索。またミュンヘン検察庁は、今年3月20日にBMWの本社などを排ガス不正との関連で捜索している。つまりドイツの司法は、VW、ダイムラー、BMWという同国の自動車業界の大黒柱である3社に対し、排ガス不正についての捜査を行っているのだ。

 ダイムラーとBMWは、「捜査に全面的に協力する」としながらも、「検査場での窒素酸化物の排出量を抑える不正なソフトウエアを故意に使用したことはない」として、疑惑を否定している。

大手5社の規格カルテル疑惑も浮上

 ドイツの自動車業界は、もう1つの試練に直面している。それは昨年7月にニュース週刊誌「シュピーゲル」がスクープした規格カルテル疑惑だ。同誌は、「VW、ダイムラー、BMW、ポルシェ、アウディが20年以上にわたってカルテルを形成し、自動車部品などの技術的なディテールについて談合していた」と報じた。

 同誌によると、5社は1990年代から、約200人のエンジニアらを約60の作業部会に参加させて、エンジンに関する技術、バイオ燃料などについて協議させ、製品に実用化される技術が横並びになるように、すり合わせを行っていた。「Fünfer Kreis(5社サークル)」と呼ばれる会議は頻繁に行われ、過去5年間だけで約1000回も開かれている。

 このサークルの議題には、窒素酸化物の排出量を減らす尿素水を入れるタンクの大きさも含まれていた。シュピーゲルは、「各社はコストやスペースを節約するために、尿素水タンクの容量を8リットルという比較的小さいものにした」と主張する。この容量では、米国の厳しい排ガス基準をクリアすることは難しい。つまり尿素水タンクに関する談合が、VW排ガス不正の原因の1つとなった可能性もある。

 ドイツには自動車工業会(VDA)という業界団体がある。それに並行する形で、メーカーが秘密の作業部会を持っていた理由は謎だ。

 EUの反カルテル当局は、すでにこの疑惑について調査を行っている。シュピーゲルが報じた作業部会の全てが違法カルテルかどうかについて、まだ結論は出ていない。各社のエンジニアが技術について意見交換をすることは、常に違法というわけではない。たとえば、メーカーは安全確保のために、規格を統一することがある。そうした行為は違法カルテルとは見なされない。

 だが万一EUがこの談合を違法と断定した場合、違反企業に対して年間売上高の最高10%の罰金を科すことができる。つまりカルテル疑惑は、メーカーにとって大きな経済的負担となる可能性がある。VWグループとダイムラーはこの件について沈黙しており、BMWは違法カルテルを行っていたという指摘を否定した。VWグループとダイムラーは、罰金を免除または軽減されるように、反カルテル当局に違反の事実を「自己申告」したという説もある。

メイド・イン・ジャーマニーの名声に傷?

 さて3年前にVWの排ガス不正が明るみに出た時、ドイツ連邦政府や自動車業界のロビー団体は、「1つの企業の一部の不心得者が行ったものであり、メイド・イン・ジャーマニーの名声に傷をつけるものではない」と述べていた。しかし、検察当局による捜査の拡大は、そのような楽観的なコメントとは逆のベクトル(方向性)を示している。

 日本人から、VWの排ガス不正について「規則や法律を重んじる生真面目なドイツ人が、まさかこのような不正をするとは思わなかった」という感想がしばしば聞かれる。だが欧米の厳しい排ガス規制をかいくぐり、市民の健康を犠牲にしても売上高や収益の拡大をめざすという誘惑は、我々が予想する以上に強く、大手メーカーのエンジニア、管理職たちの心をとらえていたようである。

 排ガス不正は、ドイツなど欧州諸国で「モビリティー変換」という大きな社会的なうねりを生むことにつながった。次回はこの点について詳しくお伝えしよう。(続く)

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