独検察は30人を捜査

 だが米国での不正は、氷山の一角だった。2015年の時点で2リッター、1.6リッターエンジン車などのうち、不正ソフトウエアが使われていたのは全世界で1074万台。そのうち、約79%が欧州で販売されていた。つまり排ガス不正の真の舞台は、欧州なのである。

 ドイツ司法は昨年からVWに対する包囲網をじわじわと狭めつつある。ミュンヘン検察庁は、2001年~2007年までアウディでエンジン開発を担当し、2011年にポルシェの取締役に就任したヴォルフガング・ハッツ氏を昨年9月に逮捕した。アウディは、VWグループの技術開発の神経中枢で、ハッツ氏はグループ全体のエンジン開発を担当していた。検察庁は、これまでにVW、アウディ本社やエンジン開発部門の幹部らの自宅などを4回にわたり捜索している。検察庁が被疑者と見なして捜査の対象としているVW社員、元社員の数は約30人にのぼる。エンジン開発を担当していた元取締役まで逮捕されている今、「一部のエンジニアが行った不正」というVWの3年前の説明は、揺らぎつつある。

 さらに、シュトゥットガルト検察庁は、ドイツの自動車部品メーカーの老舗ロベルト・ボッシュに対しても、排ガス不正に関与した疑いで、捜査を行っている。ボッシュは2017年2月に、「一切不正行為はなかった」としながらも、米国における民事訴訟の原告団との間で3億2800万ドル(361億円)の和解金の支払いについて合意している。VWグループが使用した不正ソフトウエアについては、疑惑が発覚した直後から「ボッシュがテスト用にアウディに供与したものだ」という情報が流れていた。

 ただし米国の捜査当局に比べると、ドイツの検察庁の動きが遅いという印象は否めない。ドイツの日刊紙「ヴェルト」は5月4日の電子版で「排ガス不正事件が発覚してから2年半経ったが、米独の検察庁の態度には大きな違いがある。米国の検察官たちは、排ガス不正をめぐって多数のVW幹部や元幹部を起訴している。これに対し、ドイツの検察庁は自動車メーカーの家宅捜索を繰り返すばかりで、まだ1人も起訴していない。ドイツの検察庁は、熱心に捜査を行っているとは思えない」と批判している。

CO2データにも不正疑惑

 さて今年3月20日にブラウンシュヴァイク検察庁が、VW本社で行った家宅捜索は、注目に値する。その理由は、捜索の容疑が「窒素酸化物の排出量データの不正操作」ではなく、「二酸化炭素(CO2)の排出量データの不正操作」だったからだ。

 VWは、米国で排ガス不正が発覚した後の2015年11月に突然、株主に対して「CO2排出量についても、異常が見られる。この問題は我が社の業績に20億ユーロ(2600億円)の影響を与える可能性がある」という広報文を発表した。しかしVWは同年12月に「異常が見られたのは検査ミスのためであり、CO2排出量のデータには問題がなかった」と訂正し、この疑惑を打ち消した。

 ブラウンシュヴァイク検察庁が今年になって捜査の矛先を向けたのは、このCO2疑惑である。検察当局は「CO2排出量についても、不正が行われていた疑いがある」として、強制捜査に踏み切った。つまりディーゼルエンジンをめぐる不正疑惑は、窒素酸化物だけではなく燃費データにまで拡大したのである。

 もしも燃費についても不正が行われていたとなると、社会的な影響はさらに大きくなる。CO2の排出量(燃費)は、ドイツの車両税の額を決める基準の1つだからだ。CO2の排出量が少ない車ほど、車両税は安くなる。もしも検察が考えるように、VWがディーゼル車の認証を受ける時に、CO2の排出量を実際よりも少なく申告していたとすると、VWの車のユーザーが過去に収めた車両税の額は、少なすぎたことになる。つまり市民が過去に遡って車両税を追徴される可能性があるのだ。この場合消費者から車両税を追加的に取り立てるとすると、消費者団体などから強い反発が出ることが予想されるので、最終的にはVWが支払いを命じられるだろう。車両税の追徴が決まった場合、さらに大きな負担が同社にのしかかることになる。

元CEOに対する株価操作疑惑

 これまでのドイツ側の捜査によると、2007年~2015年までVWグループのCEOだったマルティン・ヴィンターコルン氏が、不正ソフトウエアの使用に直接関与していたことを示す事実は見つかっていない。しかし、この元CEOにも別の容疑で捜査の手が迫っている。ブラウンシュヴァイク検察庁は、ヴィンターコルン氏や、現在VWの監査役会長であるヴォルフガング・ペッチュ氏(不正発覚時には、財務担当取締役だった)、当時VWブランドのCEOだったヘルベルト・ディース氏(今年4月にVWグループのCEOに就任)に対して、株価操作の疑いで捜査を⾏っている。

 VWの内部資料によると、ヴィンターコルン氏らは遅くとも2015年7月27日には、不正ソフトウエアの使用について知らされていた。また8月末の社内会議では、法務部の弁護士たちが、ヴィンターコルン氏に対して、このソフトの違法性を指摘していた。しかし彼は、同年9月18日に米国の環境保護局(EPA)が記者会見でVWの違法行為を公表するまで、株主にこの不正について通告することを怠った。つまりVWは少なくとも2週間にわたり、株価に大きく影響を与える情報を隠していたのだ。

 この結果VWの株価が暴落して、株主に甚大な経済損害が生じた。ドイツの法律によると、株価に大きな影響を及ぼすインサイダー情報を知った経営者は、数時間以内に「適宜通報(アドホック・アナウンスメント)」をして、株主に伝えなくてはならない。検察庁は、VWが情報公開を約2週間遅らせたことは、株価操作にあたると見ているのだ。

 これに対しVWは、「EPAに罰金を科せられても、せいぜい数百万ドル単位に留まり、業績に大きな影響を与えないと判断したので、すぐには公表しなかった。従って、株価操作にはあたらない」と反論している。

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