SPDの大混乱

 シュルツ氏は、自分の一貫性の無さがSPDに対する社会の評価を引き下げていることについて、全く反省の色を示さなかった。それどころか彼は「大連立政権で外務大臣になりたい」という希望を表明し、外相続投を狙っていたジグマー・ガブリエル氏と正面衝突した。シュルツ氏は、昨年の選挙でSPD結党以来の大敗を喫した責任を取って、第一線を退くのが筋である。その「敗軍の将」が責任を取るどころか、政府の中で最も脚光を浴びることが多い外相の職につきたいと言い出したのだ。

 シュルツ氏とガブリエル氏の対立は、同党の足並みの乱れを、世間に強く印象付けた。SPDの党員たちは、「シュルツ氏は、自分の地位を守ることだけを考えて、党に対する配慮に欠けている」と激怒。このためシュルツ氏は外相の職をあきらめ、党首の座を去った。

 一方、現職の外相だったガブリエル氏も、この論争のために政界の表舞台から去ることになった。彼は、自分の追い落としを図るシュルツ氏の態度に激怒したためか、抑制を失い「私の娘は、『パパ、あんな髭だらけの男と働くよりは、家で時間を過ごした方が良いよ』と言っている」と発言。「髭だらけの男」という悪趣味な表現は党内で強く批判され、ガブリエル氏も外相の座から引きずりおろされただけでなく、新政権の閣僚リストから外された。

 昨年9月以来のSPDの内紛は、同党への支持をさらに減らした。今年2月に世論調査機関INSAが発表したアンケート結果によると、SPDへの支持率は15.5%と、極右政党AfD(16.0%)よりも初めて低くなった。また世論調査機関FORSAのアンケートでは、SPDへの支持率は19%に下がり、左派ポピュリスト政党「リンケ(20%)」に追い抜かれた。ドイツで最も長い歴史を持つ大政党の支持率が、10%台に落ち込んだことは、同国の二大政党制が深刻な危機に直面していることを物語る。

 首相選挙で、SPDの議員たちがメルケル氏への拍手を拒み、多くの造反者を出したことは、CDU・CSUと再び強制結婚させられたSPDの不満を象徴している。造反者たちは「我が党は、メルケル氏が首相選挙で勝利するための頭数を揃えるのに、利用されたに過ぎない。SPDは、メルケルを馬の鞍に乗せるための、単なる梯子だ」と感じているのだ。

 野党・自由民主党(FDP)のヴォルフガング・クビツキ副党首は、「連立与党の議員の結束が、首相選挙の時から欠けているというのは、不吉な前兆だ」とコメントしている。

SPDに大きく譲歩したメルケル氏

 この首相選挙での「異変」が暗示するように、メルケル首相の4期目の任期は、過去に比べて困難な物になるだろう。そのことは、新内閣の人選にも表れている。第4次メルケル政権で最も目立つ変化は、SPDが連邦財務大臣という最も重要な役職の1つを、CDUから奪ったことである。

 前政権では、CDUのヴォルフガング・ショイブレ氏(75歳)というベテラン政治家が、この要職を担ってきた。ドイツの財務大臣は、ユーロ圏全体の動向にも大きな影響力を持っている。ギリシャやイタリアなど南欧諸国は、緊縮策の緩和や財政出動を望んでいる。またフランスのエマニュエル・マクロン大統領も、南欧諸国の要請に答えることに前向きである。

 だが保守派に属するショイブレ氏は、そうした動きに釘を刺してきた。このことは、「ユーロ圏を維持するためにドイツが多額の負担を迫られるのではないか」との不安感を持つ保守派の市民に、一定の安心感を与えてきた。

 ショイブレ氏は欧州が債務危機に揺れた2009年以来12年間にわたり、財務大臣としてこの国の金庫番の役目を務めてきた。彼はバーデン・ヴュルテンベルク州の生まれ。同州を含むドイツ南西部のシュヴァーベンの人々は、この国で最も金銭感覚が鋭敏で、節約好きなことで知られる(はっきり言えば、けちなのだ)。したがってショイブレ氏は、財務大臣には適役だった。

 しかしSPD側は、連立交渉の中で「SPDは当初の方針をまげて大連立政権に加わるのだから、党内の不満分子を懐柔するには、財務大臣のポストがぜひとも必要だ」と要求した。彼らは一種の「損害賠償」を要求したわけだ。メルケル氏はこの要求に屈して、財務大臣の要職をSPDに明け渡すことに同意。ハンブルク市長(州首相と同格)だったSPDのオラーフ・ショルツ氏が財務大臣に就任した。