強まるメルケル批判

 筆者は、多くのドイツ人たちがケルン事件以降、「我々は全く異質の文化を抱え込んでしまった」と当惑しているのを感じる。批判の矛先が向けられるのは、ブダペストで立ち往生していたシリア難民らの受け入れを昨年9月に決めたメルケルだ。今この国では、メルケルの難民政策に対する批判が、一段と強まっている。普段はリベラルな論調で知られる「シュピーゲル」誌記者のコルト・シュニッベンすら、「ケルン事件以来、多くのドイツ人が、自分の国の中にいても外国人からの危険にさらされるという疎外感と不安感を抱いている。メルケル政権は、難民の受け入れ数を大幅に減らして、市民の不安を取り除くべきだ」と主張している。

 メルケルの難民受け入れ政策を支援していた人々にとって、ケルンの暴力事件は、大打撃である。これまで右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」などは、「難民に紛れて犯罪者がドイツに流れ込む」と主張して、難民の受け入れに反対してきた。彼らはケルンの事件を見て、「我々の言う通りだったではないか」と豪語している。

 9月以降、ドイツの地方自治体は、「これ以上難民を受け入れないでほしい。もう収容能力はない」と州政府や連邦政府に訴えてきたが、メルケルは「Wir schaffen das(我々はやり遂げることができる)」という抽象的なスローガンを繰り返すだけで、市町村の首長の要望に耳を貸すことがなかった。

 農村部に住む保守的な市民の間では、「難民を際限なく受け入れ続けたら、治安が悪化する」と懸念する声が強かった。筆者は、昨年9月11日にバイエルン州のメッテンハイムという村でキリスト教社会同盟(CSU)が開いた難民問題に関する講演会を取材した。ここで、ある女性がバイエルン州の警察幹部に対して「最近、難民が女性を強姦する事件が増えているという噂がある。どう思うか」と質問するのを聞いた。警察幹部は「そんなことは聞いていない」と答えるだけだった。

 別の市民は、「2001年に同時多発テロを行ったモハメド・アタらは、ドイツのハンブルクで犯行の準備をしていたのに、ドイツの警察や諜報機関は、全く見抜けなかった。現在毎日数万人単位で難民が流入している中、警察はイスラム国(IS)のテロリストが混ざっていないかどうか、どうやって調べるのか」と質問。会場を埋めた約400人の聴衆から、雷のような拍手が巻き起こった。別の市民は、「ドイツ基本法(憲法)の中の、亡命権の保障規定を廃止するべきだ」と発言した。

 この時筆者は、農村部の保守的な市民の間で、難民に対する偏見がいかに強いかを感じた。

 今年1月には、ドイツ連邦憲法裁判所の長官だったハンス・ユルゲン・パピエが、「現在の難民危機は、政治が破綻したことの結果だ。かつてこの国で、法律と現実の間の乖離がこれほど大きくなったことはなかった」と述べ、メルケル政権がドイツの国境を事実上守れずに、難民を無制限に入国させていることを批判した。

 EU圏内に到着した難民は本来、「ダブリン協定」に基づき、最初に足を踏み入れた国で亡命を申請しなくてはならない。ところが、メルケルが昨年9月5日に行った決定により、大半の難民はギリシャに到着しても、そこでは亡命を申請せず、社会保障制度が手厚いドイツへ来て亡命を申請している。これは、ドイツとEUの法律に違反する状態だとパピエは警告したのだ。

 連邦憲法裁判所は、違憲問題を審理する裁判所で、国民に強く信頼されている「法の番人」だ。その裁判所の元長官が、「現政権の難民受け入れ政策は、法律違反だ」と公言したことは、メルケルにとって大きな痛手である。

これまでの難民流入は、まだ序章

 昨年ドイツには約100万人の難民が到着した。大連立政権に参加しているCSU出身で、バイエルン州の首相を務めるホルスト・ゼーホーファーは、「今年ドイツが受け入れる難民の数を20万人に抑えるべきだ」と要求している。メルケルは、「難民の数は減らすべきだ」としながらも、受け入れ数に上限を設けることには反対している。

 ドイツの保守派たちは、「ドイツに到着した難民には、ドイツの法律や規則を守ることや言語の学習を義務付け、この国の社会に適応することを強制するべき。従わない者については、国からの生活保護などを削減するべきだ」と主張している。

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