警察は市民を守れなかった

 特にドイツ人を怒らせているのが、警察の対応の悪さだった。現場には142人の警察官がいたが、外国人たちが女性を取り囲んで視界を遮っていたためか、現場指揮官を初めとして、多くの警官たちは、女性たちが外国人に襲われていたことに気づかなかった。ケルン市警察は、「花火のためにけが人が出る恐れがある」として、夜11時35分に駅前広場から群衆を排除し始めた。だがこれ以降も、外国人たちは、広場の周辺や駅の中で、女性たちの身体を触ったり、金品を奪ったりしていた。

 NRW州内務省によると、ケルン市警察が、多数の女性が襲われていたことを把握し始めたのは、1月1日の午前1時頃だった。警察本部が、現場指揮官に対して「警察官を他の地域から現場に派遣するべきか」と問い合わせたのに対し、指揮官が応援を要請しなかったことも、警察の状況判断がいかに誤っていたかを浮き彫りにしている。

 NRW州内務省によると、1月10日の時点で警察は19人の容疑者を捜査している。そのうち10人が亡命申請者で、9人が不法に滞在している外国人だった。亡命申請者のうち9人は、去年ドイツにやってきた外国人。また容疑者のうち14人は、モロッコかアルジェリア出身だった。このうち、窃盗の疑いで拘留されているのは、4人にすぎない。

 ある外国人は、警察官に対して「おれはメルケルに招待されたのだから、丁寧に対応しろ」と言い放った。警察官が現場で逮捕した2人の外国人は、ドイツ人の女性に性交渉を迫るための言葉を、ドイツ語とアラビア語で書いた紙片を持っていた。そこには、「あなたとセックスをしたい」という言葉だけでなく、「殺すぞ」という脅しの言葉も記されていた。この紙片は、ケルンでの暴力事件が突発的なものではなく、周到な準備の下に行われたことを示唆している。

 不可解なのは、ケルン市長やNRW政府が、事件から4日経った1月5日まで、事態の深刻さを意識していなかったことだ。主要メディアもこの事件について、1月5日まで大きく報道することはなかった。1月1日の早朝に、約50人の女性が現場の警察官に被害届を出していたことを考えると、ケルン市警察が1月1日の朝に「駅前広場の状況は平穏」という広報文を発表したのは、非常識と言わざるを得ない。

 NRW州政府は、ケルン市警察の現場対応と広報体制に重大な落ち度があったとして、ヴォルフガング・アルバース本部長を解任した。さらに同様の事件は、ハンブルクとシュトゥットガルトでも発生していた。大晦日の夜に、ドイツ南部のヴァイル・アム・ラインという町では、シリア人の若者4人が、14歳と15歳のドイツ人女性2人を強姦して逮捕された。

メルケル政権に強い衝撃

 ドイツはこれまで比較的治安が良い国として知られていた。100人を超える警察官が近くにいたのに、公共の場で多数の女性が性犯罪の被害者となるという事件は、戦後ドイツで初めてのことだ。

 メルケルは、1月7日に「一部の外国人は、女性を蔑視しているのだろうか。そうだとしたら、我々は徹底的に取り締まる。ケルンの事件は、氷山の一角だ」と強い不快感を表明。また連邦法務大臣のハイコ・マースは、「ケルンでは、一時的に文明国とは呼べない状況が出現した」と述べた。さらにマースは、「ケルンの事件は、突発的な事件ではなく、組織的に行われた可能性がある」とも発言。一部の北アフリカ人たちは、SNSを使って、大晦日の晩にケルンに集まるように声をかけあっていた。

 メルケル政権は、この事件をきっかけに、罪を犯した外国人を国外追放する規定を厳しくする方針を打ち出した。これまでドイツでは、罪を犯した外国人のうち、国外追放処分にするのは、裁判所から禁固2年以上の実刑判決を受けた者に限っていた。今後は、禁固2年未満で、執行猶予付きの有罪判決を受けた外国人でも、国外追放を可能にする。さらに政府は警察官を増員するとともに、広場など公共の場所を監視するカメラの数を増やす。

ケルン事件をめぐる議論

 今回の事件は、ドイツ社会全体に深い衝撃を与えた。ケルンで起きたのは、公共の場での外国人男性による「女性狩り」だ。警察当局が適切に対応できなかった理由の一つは、このような集団犯罪がこれまでにドイツで起きたことが一度もなかったからである。公共の場で、多数の外国人たちが、数時間にわたって臆面もなく女性を襲い続けるという「無法状態」の出現は、警察のマニュアルには載っていなかった。

 ドイツ人たちの間では、ケルンの事件をどう解釈するかについて、激しい議論が起きている。ケルン市長のヘンリエッテ・レーカーは、当初「この事件は、ケルンの難民宿舎に住んでいる亡命申請者が起こしたものではない」と述べ、難民に対する偏見や差別を強めてはならないと警告した。