バチカンが中国の宗教というものに対する警戒心を十分理解しているかどうかは、わからない。ただバチカンが中国の恐ろしさをわかっていないのではないか、という不安と疑問は、9月以降、信者たちの間で少しずつ広がっている。

 閩東教区の例をうけて、各教区では地下教会は公認教会のもとに下るのが、バチカンの指示であるという解釈を受け入れた寧夏教区の地下教会の神父・王沢義も、公認教会に入ることを公表した。だが同じ教会の同僚や信者たちから「軟弱」「裏切りもの」と批判を浴び、教会から離れた信者もかなりいたという。地下教会が分裂しかかっており、バチカンの9月以降の動きは、中国共産党の宗教の力の淡化、宗教の中国化という狙いに利している、という危機感をもつ信者もいるという。香港教区司教の陳日君は11月突然、隠居宣言を行った。86歳の彼はこれまでバチカンの今の親中路線が危ういと言い続け、これを推し進めているバチカン・ナンバー2枢機卿のピエトロ・パロリンを名指しで批判してきた。

フランシスコ教皇、訪中の可能性も

 だが、フランス宗教紙のインタビューで、彼は今後について、「同じ宗教内で争うことはできない」と語り、修道院にこもって隠居生活を行う、としている。司教としてバチカンの決めたことには逆らえない、ということだろう。中国の宗教の自由のために尽力してきた陳日君の諦観のにじむ言動は、中国の信者の動揺を誘っているという。

 来年末にはフランシスコ教皇が日本を訪問するようだが、中国訪問も俎上にあがっている。教皇自身が中国訪問を強く望んでいるとも聞くので、ひょっとすると同じタイミングで訪中予定が組まれるかもしれない。教皇訪中は遅かれ早かれ実現することだろう。教皇は何を中国訪問に期待しているのだろう。単に世界最大の布教市場への期待だけではあるまい、と思いたい。

 ヒトラーと渡り合ったピウス12世は結果的には、ユダヤ人虐殺を食い止められなかった教皇といった汚名もかぶった。ヨハネ・パウロ2世は旧ソ連や東欧の民主化を後押しし、東西冷戦終結における重要な役割を担った。バチカンは時代の節目節目で国際政治のギアチェンジの役割を担い、おそらく今もそれだけの影響力を持ち得る国家だろう。だからこそ、宗教、信仰とまったく縁のない私までが、バチカンと中国の駆け引きが気になるのである。バチカンの今現在の妥協は長大な駆け引き、戦略の一環であり、最終的にはその影響力を中国の過去40年来最悪の人権侵害、宗教弾圧の救済のため、そして中国が赤い帝国の野望を捨てて、普通の国として生まれ変わるきっかけのために発揮してくれることを切に願う。

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