私は、そういう疑問を持ったので、傍聴券のために並んでいた上海から出張してきた記者に、「中国では報道統制が厳しく取材しにくいから、日本で起きた事件に全力投球しているんじゃないの? この事件を報じることによって、報じられるべき社会事件が中国できちんと報じられていないのではないの?」と意地悪く聞いてみた。すると、「そんなことないですよ、私たちのメディアは、比較的がんばっていますよ。江歌事件だって取材しても報道できない可能性もあるんですよ」と否定した。

「法治がない証拠だ」

 だが、こうした中国人記者とのやり取りを聞いた、ある法政大学法学部に在籍中の中国人留学生は「殺人事件を道徳問題で論じることは、中国に法治がない証拠だ。中国のメディアは、そこをおかしい、と問題提起しなくてはいけないのではないか」と指摘。さらに「中国で起きている切実な社会事件から世論の関心をそらすために、日本で起きた殺人事件をことさら大きく報道している面はあると思う。また、日本に憧れを持っている若者に対して『日本も安全ではない』『怖いところだ』といった“政治宣伝”の面もあるんじゃないか」と、なかなか辛辣な意見を呈していた。

 ちなみに、上海メディア記者が指摘したように、江歌事件は、ヒートアップしすぎたせいもあって、若干の報道抑制が指示されており、今や完全に自由に報道できる状況ではなくなったらしい。法政大学留学生が言うように、この事件も切り口によっては、法治国家の在り方を問うテーマになりうるし、世論の過熱は、どちらの方向に流れても当局にとっては厄介なのだ。

 さて、私自身が、この殺人事件について論評することは、現在進行形で裁判が行われ起訴事実の部分を争っているところなので、やめておこう。ただ、司法の独立という概念がなく、世論の流れや政治的目的によって、しばしば恣意的な裁判結果が出る中国から取材にきたメディアに、やはり日本は法治国家なのだ、と知らしめる公正で疑いのない裁判と判決を期待する。

 中国共産党の第19回党大会で、習近平が徹底した共産党独裁を目指していると明らかになった。自分の姿を毛沢東に重ねる絶対的指導者として歩もうとしている次の5年は、国際社会をも巻き込む大きな悲劇をもたらすだろう。党中央の指導(=自分の意見)に抵抗するものは排除し、人民の統制と監視を強化、合弁・民間企業まで従わせ、中国の強国化、強軍化でアジアを支配。日本の安全保障や経済問題は、どんな影響を受けるのか、詳細をレポートする。
徳間書店 2017年11月29日刊