ちなみに“3・19政変”の騒ぎに連座する形で、多くの軍幹部、武装警察幹部、公安幹部、中央警衛局幹部が取り調べを受け、あるいは失脚している。

王建平との関係は…

 その中で、大きなニュースとなったのは元中央軍事委員会連合参謀部副参謀長、元武装警察司令だった上将、王建平の失脚である。彼は2016年1月、新設された連合参謀部副部長に昇進したそのおよそ半年後の8月26日、四川省成都を視察中に突然、軍の規律検査委員会に連行され、同年末には汚職容疑で立件された。現役上将の失脚は文革後初めてである。それまで失脚した軍長老の徐才厚、郭伯雄らはみな退役上将だった。さらに衝撃的だったのは、王建平は2017年4月、北京の看守所で、箸を頸動脈に突き刺すという苛烈な方法で自殺を遂げた。

 この王建平が“3・19政変”でどういう役割を担ったのかは、“3・19政変”自体に諸説あるので、やはり不明なのだが、このとき公安大楼の前に出動した武装警察を指揮していたのは王建平であったといわれている。当時の公安警察・武装警察トップは周永康であるので、王建平が周永康の命令に従って出動したとはいえる。もっとも、その現場で、王建平は周永康の命令に従わなかった、という説もあり、だからこそ、その後2016年1月までは順調に出世を遂げたともいえる。

 では、房峰輝、張陽の失脚も、この“3・19政変”にかかわっているのだろうか。あるいは王建平と何らかの関係があるのだろうか。

 博聞などは、房峰輝、張陽、王建平らは、“3・19政変”とはまた違う形の、習近平の身柄をいきなり拘束して退陣を迫る、1976年の四人組逮捕方式の政変を企てていたという。だが、その企ては早々に発覚した。そして、この企てには郭文貴も一枚かんでおり、郭文統が党大会前に、米国からインターネットで暴露情報を発信する行動もその計画の一部だとか。その計画が予定通り行われたのであれば、第19回党大会当日に大事件が起きたかもしれない。