なぜ中国はジンバブエのクーデターを黙認したか
習近平のメンツ潰したムガベ辞任、「植民地化」の行方は?
ムガベ前大統領と習近平主席、持ちつ持たれつの関係は終わりを迎えた。写真は2014年(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
ジンバブエで軍事クーデターが起こり、37年にわたり政権の座にあった独裁者・ムガベが大統領を辞任。元第一副大統領のムナンガグワが新大統領に就任した。この事件の背後で中国が関与していたのではないか、という憶測がCNNなどで流れた。証拠はあがっていない。クーデター前に国軍司令官が訪中しており、ムガベ排除について、中国の了解をとっていたのではないか、というあくまで憶測である。だが、習近平が24日にムナンガグワにすぐさま祝電を送っているのをみると、ひょっとすると、という気にさせられる。
ムガベは中国がその独立運動を軍事的に支援して政権の座につけただけに、特に親密な関係を続けてきた。ムガベ自身が毛沢東思想に傾倒し、中国共産党の古き良き友を自任していたはずだ。そのムガベ失脚に対して、ほとんど反応せず、ムナンガグワに祝辞とは。
習近平は「中国とジンバブエは良き友であり、良きパートナーであり、良き兄弟である。両国関係は時間と国際情勢の移ろいやすさの試練を耐えてきた。中国側はジンバブエとの伝統的友誼を大切なものとみて、両国関係および各領域における協力の継続が前向きに発展し、両国と両国人民がさらに幸福となるよう、ジンバブエとともに一路努力していくことを願う」とムナンガグワに強い友誼関係を約束したのである。
憶測は憶測でしかないのだが、少なくとも、この政変、中国にとっては好都合、ということではないだろうか。
では、なぜ中国は親密であったムガベ政権に対してかくも、態度が冷ややかなのか。中国とジンバブエの関係はどうなるのか、ちょっと考えてみようと思う。
「妥当に処理することを望む」
中国側の公式反応だが、中国外交部報道官は定例記者会見でジンバブエのクーデター発生時に、次のようにコメントした。
「ジンバブエは友好国であり、我々はジンバブエ情勢がどのように発展していくか注視している。ジンバブエが平和的安定発展を維持することが、ジンバブエ国家の根本利益であり国際社会の普遍的な期待である。我々はジンバブエの関係当局が内政問題を妥当に処理することを望んでいる」
実にあっさりしたものである。このとき、ある記者は、ジンバブエの元ナンバー2であり、11月6日にムガベから突如副大統領職を解任されたムナンガグワが中国に脱出しているとジンバブエ紙が報道したことについて、真偽を問うて、報道官は「彼は中国に来たことがない」と完全否定していた。実際は、ムナンガグワは南アフリカに亡命していたのだが、中国には疑われるだけの背景があったということだ。
ジンバブエのクーデターを簡単に説明すると、2018年の大統領選を前に高齢のムガベに健康上の問題が出てきて求心力が落ち始め、与党ナンバー2のムナンガグワとムガベの41歳年下の妻のグレースが後継狙いの派閥争いを昨年夏あたりから拡大し始めたのがきっかけ。ムナンガグワは軍と情報機関の支持がある一方、グレースは党内改革と世代交代を求める若手党員集団ゼネレーション40(G40)の支持がある。
今年夏、グレースの方からムガベに後継者指名を強く求め、G40が勢いづいた。ムガベは11月、ムナンガグワを副大統領から解任し、グレースを事実上、後継指名した格好となった。
クーデター5日前の訪中
だが、これに断固反対を唱える国軍司令官チウェンガが11月15日にクーデターを起こしムガベと家族を軟禁。ムナンガグワに大統領を移譲するよう求めた。当初、大統領辞任を拒否していたムガベだが、グレースに権力奪取を許した責任追及を理由に議会が弾劾の手続きに入ると21日、辞表を提出し、亡命先から帰国したムナンガグワが大統領に就任した。
中国国防部はこのクーデター発生の5日前、チウェンガの訪問を受け、国防部長の常万全が八一大楼で会見している。このとき、チウェンガが中国に政変への理解を求めた、あるいは協力を求めた、というのが主要欧米メディアの憶測である。中国外交部はすでに実施が決められていた純然たる軍事交流、と説明するが、このときすでにクーデターの準備は整っていたとみられるし、中国とムガベの関係の深さを思えば、仁義を通しておく方が安全ではある。
では、仮にそうだとして、ではなぜ、中国は軍のクーデター計画を黙認したのだろうか。ムガベと中国の絆の深さはそう簡単に切れるものではないだろう。
実はムガベと中国共産党の絆はそれなりに深いのだが、習近平個人との相性はあまりよくないといわれている。その理由の一つは、習近平自身が経済の立て直しができないムガベ長期独裁政権を完全に見下しているからだといわれている。「ムガベ長期独裁政権は“アフリカの真珠”と呼ばれたジンバブエを貧民窟に変えた」(華字ネットニュースサイト・アポロニュース)というような、その無能ぶりを嫌悪している、らしい。
「欠席」「拒否」「批判」でメンツ潰す
さらに、ムガベの厚かましさ、無礼さが習近平の気に入らないようでもある。ムガベ政権は長期にわたって中国から援助を受けてきたが、最近は足りないといっては不満げな顔をすることが多くなった。アポロニュースによると、習近平が2015年9月3日、世界反ファシスト戦争・抗日戦争勝利70周年記念の大閲兵式にムガベを招くも欠席。ムガベは中国共産党の“老朋友”というのが国際社会の認識であったから、習近平は晴れの舞台で、老朋友にメンツを潰された格好だ。しかも同年12月、中国版ノーベル平和賞とでもいうべき“孔子平和賞”をムガベに贈ると言ったら、ムガベは「意味がない」と受け取りを拒否。これも中国のメンツを大いに傷つけたことになる。
加えて2016年6月、ムガベはとある演説会で、中国が派遣してきている公務員やビジネスパーソンに対して、「稼いだ金を現地から中国に持ち帰っていることがジンバブエドルの深刻なインフレを加速させている」「中国人がジンバブエの女性を虐待している」などと中国批判を行った。ムガベがこうした中国のメンツをあえて潰すような行動をとったのは、習近平政権が満足のいく支援をくれないという不満だけでなく、そろそろ権力移譲計画を立てるようにせっつかれたからだともいわれている。
中国の軍事支援によって、独立闘争を勝ち抜き政権を樹立し、大統領の座についたムガベは、実のところこれまでは中国にとって非常に都合のよい大統領だった。中国がジンバブエに巨額投資を行えば、ムガベはその代償に金、プラチナ、ダイヤモンド鉱山の権利を中国の欲しいままに許した。ムガベは事実上、中国によるジンバブエの植民地化を手伝ってきたともいえる。巨額投資の見返りに土地、鉱山、資源などの侵食を続けてきた中国は2015年、4000万ドルというジンバブエの債務を帳消しにする代わりに人民元をジンバブエの法定通貨の一つに認めさせ、国家の基幹である通貨まで奪ってしまった。
だが、そんなムガベも高齢となり、しかもその政治的無能と長期独裁による国民からの人気の低さに、中国共産党内にもポスト・ムガベを考える空気が流れていた。それに気づいたムガベが、今度は習近平に対して不信感を募らせ始め、習近平のメンツを潰すような言動を次々とするようになった。
ダイヤモンド採掘国有化に激怒
そうして関係がだんだん険悪になってきたころ、習近平を激怒させた決定打が2016年3月にムガベが突如決めたダイヤモンド採掘企業の国有化政策である。外国の採掘企業によるダイヤモンド産業は、ジンバブエが本来得るはずの約130億ドルの潜在的収入を盗んでいる、として、外国資本によるダイヤモンド採掘企業を政府がすべて接収することを決めた。この中には当然中国企業も含まれていた。
ジンバブエ東部のマランゲは世界最大規模のダイヤモンド鉱山で、その埋蔵量は全世界の4分の1以上ともいわれている。マランゲはムガベ政権が2008年に軍と警察力を行使し、約400人を虐殺した末、その採掘権を奪取したことで知られる血塗られたダイヤモンド鉱山。このときムガベ政権に軍事協力していた中国解放軍が直接、このダイヤ採掘と治安維持に加担していたと、2010年9月当時の英デイリーポストの記者が告発している。このダイヤモンド鉱山には解放軍の秘密飛行場があり、採掘したダイヤをそのまま中国に輸送していたとも。ムガベ政権への見返りは解放軍の武器であったという。この武器がムガベ政権維持に必要な軍事力を支えていた。
だがこの中国による植民地化と富の収奪が、ムガベ政権の求心力をますます衰えさせ、またジンバブエ内の反政府活動を活発化させていくことになった。ムガベ政権に対する反発の最大の理由は中国がつくったといっても過言ではない。ジンバブエ内の中国華僑と現地人の対立も激化し、中国としては大っぴらにムガベ支持を表明しにくくなっていた。
こうした状況の中で、クーデターが起きたのだから、中国の関与が疑われたとしても致し方あるまい。ジンバブエ国軍の装備はほとんど解放軍が提供したものであり、ジンバブエ軍が中国解放軍になんらかの相談をしているかもしれないと考えるのは普通なのだ。
英国の関与は? 一帯一路への影響は?
私の考えを言えば、ムナンガグワがいったん身を隠していた先が中国でなく南アであるのならば、中国関与の線は薄いのではないか。むしろ英国が積極的に関与してきそうな気がする。
ただ、ムナンガグワは、中国で軍事訓練を受けたこともある元ジンバブエ解放戦線戦士であり、クロコダイルの異名も持つ冷酷な強権主義という点では、ムガベと同じタイプだ。中国にすれば、ポスト・ムガベ体制としては理想的であり、たとえクーデターに関与していなくても、引き続き、ムガベ政権にしたように、大統領を通じてジンバブエの植民地化を進めていけると思うだろう。
ただ、ムナンガグワが大統領就任演説で訴えたように、本気でジンバブエの「完全な民主主義」を約束するのだとしたら、これはちょっと中国共産党の思惑から外れてしまう。なぜならジンバブエの大衆は、自国の経済崩壊に乗じて国を乗っ取りかけている中国に対しては極めて強い反感を持っているのだ。こうした反感は顕在化すると、習近平の壮大な大風呂敷・一帯一路構想でも重要な起点であるアフリカへのアプローチにも影響を与えそうだ。
中国共産党の第19回党大会で、習近平が徹底した共産党独裁を目指していると明らかになった。自分の姿を毛沢東に重ねる絶対的指導者として歩もうとしている次の5年は、国際社会をも巻き込む大きな悲劇をもたらすだろう。党中央の指導(=自分の意見)に抵抗するものは排除し、人民の統制と監視を強化、合弁・民間企業まで従わせ、中国の強国化、強軍化でアジアを支配。日本の安全保障や経済問題は、どんな影響を受けるのか、詳細をレポートする。
徳間書店 2017年11月29日刊
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