ところで中国の人工知能開発スピードがものすごい、深圳をみろ、杭州をみろ、という中国スゴイ派と、中国のいびつな発展状況では経済崩壊や社会不安定化は免れないという悲観派は中国国内にも分かれて存在する。実際のところ、この両方は共存する。

 中国のAI開発スピードがおそらく今後米国を越えて加速することは事実だ。中国が圧倒的に有利なのはその市場規模の大きさ。トップの決定にボトムが絶対に異論や反対を唱えられない(上部組織に下部組織は絶対従う)という共産党独裁体制の支配力の強さ。そして、中国人の汚点として中国人自身が指摘する“民度”“文化レベル”の低さすら、有利に働く。

支配されることに慣れた中国人

 米国ではUberやテスラの自動運転車の死亡事故が相次ぎ、その責任の所在や倫理基準をめぐり議論が起きた。だが中国の場合、そういう世論が感じる躊躇というものが比較的少ない。人工知能が人の代わりに判断し、人をコントロールすることに人が漠然と感じうる不安を中国人はあまり感じないのだ。

 むしろ、運転中の運転手と喧嘩をおっぱじめるような大衆は、AIによって完璧に監視され、コントロールされ、独自の判断力を持たせない方がよいのだ、と言う。だから、AI付き監視カメラの導入によって普通の人々が監視されて生活することも、社会信用システムで市民がランク付けされることも、ウイグル人や特定の人々の人権が侵されていることも比較的受け入れやすく、置き引きやスリが減った、テロや犯罪が未然に防げてよかった、という評価に傾きやすい。

 中国人は、すでに支配されることの楽さに慣れきっている人が多いし、長きにわたる思想統制の結果、信仰や哲学的思考が真空となっている。おかげで、自由な民主主義社会の人々が科学の発展途上で必ず感じる躊躇や迷いをほとんど経験せず済むのだ。AIだけでなく、移植医療や遺伝子医療、デザインベイビー、クローンといった倫理的な葛藤を伴うはずの科学も中国が進んでいるのはそういう背景だ。