すでに存在しない「香港の主権」

 こうした交通インフラの利便性の面から一国二制度の壁は徐々に消滅しつつある。そもそも一国二制度で守られていたのは何であったか。かつては「港人港治」(香港人が香港を統治する)のフレーズで表現された「香港の主権」というものが存在していた。だが、その「香港の主権」はすでにないことになっている。

 実際、「主権」「自決」といった言葉はメディアなどで使われなくなってきた。「香港主権」を声高にいえば、それは中国の主権を否定すると批判され、香港自決と言えば、中国の香港統治を否定しているのか、と難癖をつけられるようになってきたので、メディアや公式の場で発言する人は中国当局から目を付けられないように、そうした言葉を自粛するようになってきたのだという。立法委員に当選したのちその資格をはく奪され、今秋に九龍西区の補選に民主派工党から出馬するも立候補資格をはく奪された劉小麗も政治信条に香港主権、主権在民と語ったことが資格はく奪理由になっている。

 香港大学学生会の刊行物「学苑」が高速鉄道の「一地両検」が中国による「香港主権」の侵略の先例となった、と書いたことを、親中派の香港文匯報が「大学は独立派と手を結んで、学生に『起義』を扇動している」と猛攻撃している例などもあり、言論の自由の範囲は急速に狭められている。

 言論の自由といえば、外国メディアに対する言論統制が香港で行われるようになったのもショックなことである。英フィナンシャル・タイムズの香港駐在記者のビクター・マレットのジャーナリスト・ビザの更新を香港政府が拒否したことは、香港で中国並みの外国人記者に対するコントロールや取材介入が始まったことを意味する。マレットはFCC(外国人記者協会)の会長で、8月にFCCが主催する講演会講師に香港独立を主張する政治団体「香港民族党」の創設者、陳浩天を招いたことが、原因だと言われている。

 香港民族党は7月に活動禁止を言い渡されていたが、FCCとしてこうした人物を講演会のゲストに招いて、会員記者たちに取材機会を提供すること自体は、これまでの香港ならばなんら問題がなかったはずだ。そもそも香港民族党の活動禁止措置は、香港が一国二制度で保障していたはずの「結社の自由」に反するという見方もあり、香港社会の利益を考えるなら、自由な論議を呼ぶ必要があるテーマだ。

 もう一つ、懸念が深まっているのは、解放軍香港駐留部隊やマカオ駐留部隊の存在感の急速な拡大だ。激しい台風が相次いだ今年、香港の被害も甚大だったが、10月13日、香港駐留部隊400人が、台風22号で倒れた樹木などの撤去作業を「ボランティア」で行った。ありがたいと手放しで称賛できないのは、香港政府からの要請なしで、解放軍自身が判断して動いたからだ。こんなことは1997年の中国への返還後初めてのことだ。香港駐軍法の規定では、解放軍駐留部隊は香港の地方事務に干渉してはならないことになっている。香港政府の要請に応じての行動ならばいいのだが、今回はそうではなく、しかも軍服着用での活動であったから任務となる。