一方、このコミュニケのもう一つのポイントは「党内民主」「権力集中」の堅持を強く打ち出していることだ。これは「習近平の核心地位確立=否決権獲得」とはいかにも相反する内容ではないか。これについて、同じくVOAの同じ番組で、在米中国政治評論家の陳破空が次のようなコメントをしている。

「滑稽であり悲劇である」

 「習近平は“核心”の称号を得て勝利したといえるが、完全な大勝利とはいいがたい。半分の勝利というべきだ。あるいは辛勝というべきか。なぜなら相当な妥協をせざるを得なかったからだ。つまり他の派閥と妥協した結果、“集団指導体制の堅持”を強調し続けなければならなかった。…これは、習近平の権力が相当の抵抗を受けた証拠といえるだろう。この種の抵抗勢力は、中・下層の党員、地方党員にはなくとも、ハイレベルの幹部、特に政治局常務員、政治局員、中央委員会の中には存在している。これら最高権力機構の中に親習近平派は依然少数なのだ。だから第19回党大会の人事こそが、最大の鍵となる。

 習近平は“核心”地位を求めて、まるまる四年、苦しい権力闘争を経て、なんとか願いを叶えた。これは中国一党専制制度の疲弊が深刻であるということの証でもある。もし、民主国家ならば、指導者は選挙によって選ばれ、人民から権力を授与され、すぐに核心になって大きな権力を掌握できる。同僚との権力闘争によって“核心”の地位を勝ち取る必要も、政治老人(長老ら)の顔色をうかがう必要もないのだ。…まるまる任期一期分を、中国では狭い政治世界の権力闘争の中で喘がねばならないとは。これは一党専制が日ごと、袋小路に迷い込んでいるということだ。中国共産党が米国の大統領選を嘲笑する一方で、自分たちの共産党専制下の内部闘争を笑えないとは、滑稽であり悲劇である」

 この二人のコメントは、私が感じた印象と近い。このコミュニケの一番の見出しは「習近平“核心”的地位を明文化」だが、現実にはかなり妥協を強いられ、集団指導体制の堅持に言及せざるをえなかった。習近平は一歩、権力集中、独裁体制に近づいたが、その道のりには相当の抵抗勢力が存在する。

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