避けられた歴史認識や領土問題への言及

 次に安倍が提案した日中新三原則の一つである「お互いが脅威とならない」と言う表現。中国はこれまで自分たちは脅威でないと主張してきたが、相手が脅威に感じているという前提は認めたわけだ。その上で戦略的コミュニケーションが重要という共通認識に至った。さらに双方とも歴史認識問題や領土問題についての言及は避けるという配慮をみせた。

 外相の河野太郎が26日に王毅と会談した際に、尖閣周辺に設置されたブイを撤去するよう要請したとき、王毅はいつものように青筋たてて反論するようなことはなく、「意見の対立は妥当に処理する」と答えるのみだった。一部で、日本を味方につけるために、尖閣問題の対立を当面棚上げにする意見も党内で出ているという噂があり、本当にそうであれば日本にとってはありがたいことかもしれない。

 もっとも25日に習近平は南部戦区視察をしているし、尖閣周辺に海警船を連日派遣している。発言と行動はまた違う。安倍は習近平に“スパイ容疑”で中国に拘束されている日本人の解放を直接求めたが、習近平は「法律に照らして適切に処理する」としか答えていない。「中国の脅威」は口で言うほど簡単には解消されまい。

 李克強との会談はかなり実務的な話が出ていたが、今の市場管理強化姿勢を打ち出している習近平政権に開放、透明化、市場化原則を言わせたことは重要だ。自由貿易とセットで自由で公正な国際経済秩序の建設が語られた。もっとも中国側のいう市場化、自由貿易という言葉と、日本がイメージしている市場化、自由貿易はかけ離れていると思われ、共通認識をもっているようで、同床異夢という気がしないでもない。

 中国の報道にはないが、安倍が李克強との会談でウイグルの人権問題に言及した。これは日本が国際社会の普遍的価値観を共有している国家であることの表明でもある。ウイグル問題は一帯一路地域が現場でもあり、日本が一帯一路に参与する以上は口を出す立場にある。

 こうして総じてみると、実入りは中国の方が大きい。だがメンツを重んじる中国にしてみれば、日本に対して屈辱的なまでに下手に出た、という感覚だろう。日本人は相手が下手に出てくると、ついついお人よしの優しい性格がでてくるが、中国は日本に助けてもらったとしても、心から感謝するどころか、いつか立場を逆転してこの屈辱を晴らそうと思うタイプの人が多い。中国は徹底した強者主義の国だ。

 現在の安倍政権の対中外交方針の真の狙いはわからないが、もし今の中国が米国からの圧力によってしおらしくなって日本にすり寄ってくるというなら、こういう時は簡単に手を差し伸べるよりも、むしろ圧力を上乗せしてかけるくらいのほうが、日本の国益に合致するのではないか、と思う。とはいえ、外交のプロたちが考えぬいた今回の対中外交方針のシナリオだ。中国がしおらしい顔を見せている間に、日中間の核心的利益を争う領土、歴史、台湾の問題を日本の有利に導くよう、総じて日本の外交勝利が導ける事を期待して今しばらく冷静に観察したいと思う。

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