「第三の選択」の可能性

 16世紀からローマ・カトリックの版図に組み入れられてきた台湾には17世紀から本格的に宣教が開始された。仏教や道教、土俗信仰が根強い台湾で、キリスト教は決して多数派の宗教にはならず、現在もプロテスタントを含めてもキリスト教信者は58万人ほどだが、1951年にバチカン公使が中国から追い出されて以降は、台北がバチカンの公館所在地であり、1966年に台北のバチカン(ローマ教皇庁)公使館は大使館に昇格した。1971年に中華民国が国連から脱退したのち、教皇庁⼤使は召還されるも撤収、いわゆるchargé dʼaffaires(代理⼤使、代理公使)によって事実上の国交を維持している。台湾の在バチカン公館は土地の狭さの関係でバチカン市国外に置かれているが、運営は正常におこなわれている。なぜ、台北においての大使名称が避けられたかは、やはり国際政治的理由があるが、すくなくとも中華圏のカトリック信者とバチカンをつなぐ窓口は台湾にあった。

 さて、バチカンは果たして台湾と断交するのかしないのか。信者の数という点においては、中国との国交を結ぶ方がバチカンにとっては意味のあることだろう。

 世界台湾同郷連合会年会に参加していた台湾人たちに、この質問をぶつけてみた。トロント、シアトル、ベルリン、東京そういった先進国の都市に暮らす台湾知識人たち10人前後から話を聞いたが、意外に答えは大きく三つほどにばらけた。「バチカンが台湾を放棄する流れには歯止めはかけられない。年内にはバチカン中国の国交が樹立し、台湾は断交されるだろう」「バチカンと中国との国交樹立はそう簡単ではない。台湾側もバチカンに働きかけているところだし、数年内に決着の出る問題ではない」。そして三つ目が「バチカンは中国と台湾の両方とも国交を維持する最初の国になるのではないか」というものだ。

 答えとして興味深いのは三つ目だ。そう考える根拠を聞くと、バチカンは普通の国ではなく、国交といっても、経済・安全保障の問題にはほとんど関係ない、あくまで宗教分野の交流に限定される特殊な関係であり、普通の国交とは別格に考えていいだろう、ということだ。

 バチカンの在外公館として現在台北に置かれているのがchargé d’affairesであれば、もし北京に大使館が置かれても、一国に二人の大使を派遣しているという矛盾はうまく言い訳できるのではないか。台湾としては何としても、バチカンとの絆を断たれるわけにはいかないから、そういう論法で、なんとかバチカンを説得したいのかもしれない。

 バチカンでは10月、「世界宗教会議」が開催され、初めて中国から郭金才、楊暁亭両司教が参加することが発表されている。二人とも共産党統戦部が公認する愛国司教である。ちなみにバチカンは1998年と2005年も中国の司教をこの会議に招待していたが、中国は外国から宗教的干渉を受けないという理由で断っていた。この会議には台湾からも司教団が派遣されるので、おそらくこの場でも、バチカン、台湾、中国の関係について議論がなされるのではないか。

 個人的な期待をいえば、私もバチカンに第三の選択、つまり中国と台湾のどちらかを選ぶ、ではなく両方とも“国交”を維持するという先例を作ってほしい。中国に経済的あるいは軍事的圧力を受けることのないバチカン市国という特殊な国であれば、そういう条件で中国と話しあえる可能性は残っているのではないか。ちなみに香港教区は、1952年の中国による宗教弾圧下で、教皇庁直轄統治となっており、1997年の香港の“中国返還”後も、特例としてその体制が続いている。台湾も特例扱いで従来どおりの体制を維持できるはず、という主張はあながち無茶でもない。

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