まずバチカン問題について現在の状況を整理しておこう。

 9月22日、北京でバチカン外務局次長および北京外交部次長レベルの会合で、司教の任命をめぐる暫定合意書に署名。この合意書の全文は今のところ公開されていない。だがその後のバチカン側の報道を総合すると、署名がすぐさま、バチカンと中国の国交樹立で台湾の国交断交につながるというわけではなく、あくまで司教任命権についての暫定合意という。司教任命プロセスについても、公式に解説されてはいないが、最終任命権はバチカンの法王にある、と言う点で合意に至りそうだ。はっきりしていることは中国が任命し、バチカンが認めてこなかった7人の司教を、バチカンが今回改めて認めるということ。この先例をもって、中国側が選んだ司教をバチカンが任命するというプロセスが合意の落としどころであるということを示したのではないか。この7人の司教は、バチカンに対して破門取り消しの陳情を行っていた。

 だが、文革後最悪といわれる宗教弾圧が今現在起きている中国習近平政権が選んだ司教たちを、バチカンサイドが受け入れるということは、バチカンが中国の宗教弾圧について容認したことになるのではないか、という一部西側人権国家の懸念がある。中国の宗教政策において、「宗教の中国化」が打ち出されているのは以前に拙コラムで取り上げたとおり。中国側は宗教の教義に変化はない、というが、信仰の前提に愛国的であることを強くもとめている。「宗教の中国化」の解釈についてはいろいろ言われているが、多くの宗教学者は中国による宗教のコントロール強化を意味すると理解している。

中国、バチカンそれぞれの思惑

 一方で、バチカンサイドにはそれなりの思惑もある。この暫定合意を梃に年末までに地下教会として迫害を受けている少なくとも十数人の司教たちを中国当局に認定させる交渉を水面下で続けているらしい。報道ベースでは、中国でカトリック信者は1200万人で、愛国派500万人とその他・地下教会に大きく分かれている。地下教会は、ローマ教皇には忠誠を尽くすが、共産党には反抗的とされ、RFI(フランス国際放送中国版)によれば、この地下教会の神職として迫害されている人物は40人前後はいる。

 このうち2割は90歳以上の高齢で、健康上の問題からも、このまま迫害に耐え続けることが困難ではないかとも危ぶまれている。バチカンが中国との妥協に急ぐのは、彼らを一刻も早く救いたいからだという。最も、当の迫害を受けている地下教会の司教の一人、魏静怡(洗礼名ヨセフ)は「私は中国当局の認可など必要としていない。だが認可を得られれば、バチカンが中国との調和と安寧を得られる助けになるだろう」(RFI)と、比較的冷静な受け止め方だ。

 ちなみにプロテスタント、その他新興宗派を含めれば中国でキリスト教系信者は6000万人から1億人に上ると推計されている。中国としては、バチカン側に譲歩しすぎると、共産党員よりも多いかもしれないキリスト教信者に対するコントロール力を失い、これが中国の歴史で何度も繰り返されてきた“農民起義”の動力になる可能性を心配している。この交渉は中国側も慎重だ。

 中国、バチカンのそれぞれの思惑はあれど、これに翻弄されることになるのが、台湾である。

 中国のバチカン接近の目的はバチカンに中国の存在感を認めさせ、国内カトリックへの共産党の指導とコントロール強化をバチカンに容認させることもあろうが、それ以上に、台湾を国際的に孤立させるという意味がかなり大きい。台湾が国交を結ぶ国は現在17カ国にまで減っている。習近平政権になってから台湾は5カ国の友好国を失ったのだ。とりわけ今年はドミニカ、ブルキナファソ、エルサルバドルと3カ国がドミノ式にチャイナマネーになびく形で台湾との国交を断った。残りの台湾友好国の中で唯一ヨーロッパ国家であり、国際的にも影響力の大きいバチカンがこの上、中国と国交を結び台湾と断交すれば、台湾の国際的立場は極めて脆弱になってしまう。

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