中国においては歴史とは“正史”

 ここで中国における正史とはなにか、を改めて整理しておく。中国においては歴史とは正史であり、正史とは時の王朝、指導者の正統性を裏付けるものである。中国の王朝はたいてい農民蜂起や動乱でついえ、その後釜に座るものはもともと盗賊や下級の人間であったりする。だから、その新しい王朝の王は、自分がただのチンピラ出身の簒奪者でなく、天命によって誕生した正統なる指導者であることを裏付ける歴史を急いでつくる。中国の歴史学者たちは、この中国における正史には三つの特徴がある、と分析している。一つは新たな王は、自分がやってきた歴史の罪悪を隠蔽し、暗黒の血生臭い歴史的事実を人々の記憶から無くそうとする。二つ目に捏造と誇大によって自分のやってきた業績を喧伝する。三つ目は類似の事件があった場合、選択的に封殺したり宣伝に利用したりする。

 “共産党王朝”も実はよく似たことをやっており、たとえば中国共産党がやってきた血生臭い負の歴史、反右派運動、文革、天安門事件については隠蔽し、人々の記憶から消し去ろうとしている。また抗日戦争における共産党軍の活躍については捏造や誇大の宣伝を行い、虚構の英雄像を作り上げた。そして日本軍による“南京事件”と解放軍による“長春包囲戦”はともに国民党軍の守る都市で行われた無辜の市民を巻き込む大規模にして悲惨な歴史的戦闘であり、双方とも犠牲者の数も“30万人”とされているが、南京事件は“南京大虐殺”という日本軍の悪事として選択的に誇大宣伝し、解放軍の犯した長春包囲戦に関する歴史は封殺した。

 こういう共産党としての“正史”を作り上げることで、今の共産党が唯一無二の執政党として中国に君臨する正統性を裏付けることに成功した。おわかりのように“正史”は歴史的事実である必要はまったくない。時の王朝が自らの正統性を保つために作り上げるものなのだ。歴史とは歴史的事実を時系列に整理したものだと考えている日本人と、歴史とは権力の正統性を維持するために作り上げるものだとする中国人が歴史問題を語り合ったところで共通認識などもてるわけがないのだ。

 もうひとつ正史を作る上で重要なのは、自分の直前の王・指導者たちのやってきたことを過ちや罪として喧伝することで自分の権力の正しさを印象付けることである。

 “共産党王朝”は“日本のファシズム”を中国国内から駆逐し、腐敗にまみれた“蒋王朝”旧政権をやっつけたのだ、と喧伝することで、その正統性の根拠とした。共産党王朝の初代王の毛沢東は1935年の遵義会議でコミンテルンの支持を得ていた主流派を極左冒険主義と批判して、その過ちを認めさせることに成功したから、その後、絶大な権力基盤を築くことが可能となった。鄧小平がその地位を確立するには、“先代王”毛沢東に錯誤があったことを認めさせる必要があった。ただ、鄧小平の優れたところは、人民に対して「お腹いっぱい食べさせる」「豊かにする」「輝かしい未来」を約束できる力を、“共産党王朝”の権力の正統性の根拠の一つとして新たに位置づけることに成功したことだろう。

 そして今、習近平が新時代の王となるためには、鄧小平に過ちがあったと皆に認めさせる必要がある。習近平が反腐敗キャンペーンを旗印に掲げているのは、中国の腐敗が、鄧小平最大の功績とされる改革開放経済の副産物であったからであろう。毛沢東の文革における“錯誤”の表現を教科書で削除したのも、自分が毛沢東スタイルの権力掌握を目指しているということもあるかもしれないが、同時に鄧小平の歴史的決議自体が“錯誤”であったと認めさせたいからだ。習近平は鄧小平に過ちがあったということを皆に認めさせることで、自分が毛沢東の再来のように絶対的な独裁権力を掌握することの正統性を打ち立てたいわけだ。だが、鄧小平のように、共産党の正統性の根拠となる新たな位置づけ、価値観を見いだせてはいない。