大物政治家・王岐山の進退は習近平政権の今後に大きな影響を与える(写真:ロイター/アフロ)

 王岐山が久々に公の場に姿を現した。8月24日午前、北京の八宝山で行われた党中央高官の安志文(98歳)の葬儀に参列したのだ。6月22日以降、王岐山の動静は絶えていた。王岐山はこれまで神隠しのように姿を消すことが六度ほどあったが、その直後は必ず大物政治家が失脚した。7月14日に孫政才失脚、その後も姿を消していたので、もう一人くらい失脚するかもしれないとささやかれていた。その一方で、ちょうど読売新聞が世界に先駆けて、次期政治局常務委員リストなるものを入手して、それに王岐山が入っていなかった、という特ダネを報じた。はっきりいって今の時期に、人事がすべて確定しているとは到底思えないのだが、王岐山をめぐる権力闘争が最終段階に入っているもようなので、一度整理しておこうと思う。

習近平は欠席、江沢民は不明

 王岐山が久々に姿を現したという安志文の葬式で、もう一つ興味深いことは、習近平が出席していなかったということである。花輪は送っているので、単に忙しかったからかもしれないが、安志文と習仲勲(習近平の父親とは抗日戦争時、西北局綏徳地区での部下と上司、戦友関係)の関係を思えば、当然出席してもおかしくはなかった。王岐山と顔を合わせたくなかったから?などという憶測も飛んだ。

 葬儀に出席したのは政治局常務委員会の中では王岐山と兪声正、張徳江、その他の政治局常務委員および胡錦涛、温家宝は花輪を送った。宋平夫妻、李鵬夫妻は「挽聯」(哀悼の聯)を送った。江沢民についての報道はなかった。革命英雄の大告別式であり、参列者は千人以上であったようだ。

 8月13日に行われた水稲研究で知られる農学者の朱英国の葬式には王岐山はちょうど“神隠し中”で政治局常務委員七人の中で唯一花輪すら送らず、葬儀報道に名前が出なかった。ちなみにこのとき、江沢民も動静が途絶えていた。江沢民がこうした党中央の高官や学者に花輪すら送らなくなったのは今に始まったことではないが、13日はまだ北戴河会議が行われていたと思われるので、もし江沢民がこの会議に出席しているのなら、当然、他の長老らともに花輪を送るか哀悼の聯ぐらいは送ってもよかっただろう。

 王岐山の“神隠し”と江沢民の動静不明が重なって、王岐山がいよいよ、江沢民の政治生命にトドメをさす準備に入っているのではないか、などともささやかれた。