こういった論評を裏付けるように登場したリオ五輪の中国選手アイドルが、競泳の背泳100㍍で銅メダルをとった傅園慧(20)だ。彼女は準決勝戦で自己記録を更新したことを聞いて、「えー、私そんなに早かったの!」と、目を輝かせて喜び、翌日の決勝への心がまえを聞かれたとき、「力を超出し切った。もう満足です!」と答えた。その様子は、中国の五輪選手にありがちな金メダルを絶対とらなければならないという政治的任務を背負った悲壮感が微塵もなく、かわりに純粋にスポーツを愛する今時の若者らしい天真爛漫さがあった。

「洪荒少女」がアイドルに

 彼女の発言した「我用了洪荒之力(力を超出し切った)」というセリフに使われた「洪荒」というワードは中国のネットで流行語になり、彼女は「洪荒少女」という新しいあだ名を命名された。応援や表彰式で無邪気にはしゃぎ、メディアのカメラに向かって「変顔」を作って見せる。金メダルに届かなかった理由はと尋ねられて「手が短かったから」と返し、率直に生理が始まったことまでテレビカメラ前で告白する傅園慧は、中国の新しい五輪選手のイメージを創った、と言われている。

 それまでの中国五輪選手は、全国の地方や農村の貧しい家庭から身売り同然に政府が運営する体育学校に連れてこられてスパルタ式で鍛えられ、篩(ふるい)にかけられるように選び抜かれた才能というイメージ。あるいは、途中で挫折したら(いわゆる普通の学校教育を受けていないので)、人生につぶしが効かない一方で、金メダル候補となれば国家の英雄として有名企業のスポンサーもつき、一躍セレブ、億万長者の仲間入り、というスーパードリームを心の支えにしたメダルへの執着心がものすごい、というイメージ。国家というものを背負わされ、ひたすら結果を出し続ける国家養成サイボーグ選手のイメージなどが付きまとっていた。

 実際、勝てば国家的ヒーローだが、結果を出さなければ大バッシングを受けるプレッシャーにさらされ続けた結果、心と体にかなり問題のある選手も、しばしばニュースになった。引退後、お金に困ってネット上で金メダルを売る選手や窃盗などで逮捕される選手、ドーピングや過剰な練習によって身体に障害を負った末、使い捨てにされた選手、またメダルをとったとたん一気にセレブ扱いになり、莫大な金が集まってくることで競技への情熱を維持できない選手などの問題は、五輪の季節のたびに、中国でも社会問題として報じられている。陸上や体操、レスリングといった競技はとくに、そういった中国スポーツ育成システムの宿痾を抱えていた。

 そういう中で、傅園慧のような、自分がベストを尽くすことに満足した表情をみせ、五輪をスポーツのお祭りとして楽しむことのできる若い選手が、中国のネットユーザーを中心にアイドルとなったという現象が、欧米社会からみると、メダル数が減少したことも、中国が真のスポーツ大国の階段を昇っていく上で遭遇する踊り場であろう、という分析になるようだ。ちなみに、彼女は浙江省杭州出身で、母親はホテル勤め、父親は運送会社社員という普通の家庭で育ち、喘息を治すために5歳で水泳学校に通い始めたという。