ここで中国メディアをみると、「外国メディアは中国が金メダル至上主義でなくなった、それは大国の自信の表れである、と報じている」とか「スポーツ大国で金メダルが減ることは悪いことではない」といった論評がまず目につく。

 これはニューヨークタイムズ(中国版)などが中国の金メダル数が減ったのは、従来の中国のスポーツ選手養成システムの反省からきている、あるいは金メダル至上主義ではなくなったという意味で、真の意味でスポーツ大国に近づいたといった分析記事を出したことを引いている。

「国力増強の指標」に批判の声も

 例えば、ニューヨークタイムズの北京駐在記者のクリス・バークリーが書いた記事。中身を簡単に紹介すると、次のような内容だ。

 「中国はかつて金メダルの数でもって国力の増強具合の指標としてきた国だった。だが、中国は国際スポーツイベントにおいての成績成就に誇りをもっていると同時に、メダルそのものに選手と納税者たちが、そこまで多大な犠牲を払うほどの価値を確信しなくなった。中国政府の体育管理部門のやり方はもうそうした時代の変化に対応できておらず、そのことに多くの人が批判的である。五輪金メダリストのためにわが子を厳しい訓練の場に送り込む親も減っている。

 一般に、地方の小都市・農村で、スポーツ選手になればよい暮らしが送れると信じている親たちが、我が子を体育学校に送り込む。だが、子供の未来に五輪金メダリストの夢をかけるようなそうした親たちは減ってしまい、同時に、余暇、趣味としてスポーツを教えるスポーツクラブや学校のクラブが人気になってきた。

 そうすると、中国経済の改革と同じく、スポーツ行政も改革論議が起こるべきなのだが、中国の国家スポーツ育成システムを改革するということは、多数の党員・公務員が飯のタネを失うことになるので習近平主席率いる政府も推進したいかどうか。

 こうした状況について、中国スポーツを研究している米人類学者のスーザン・ブロウネルはこう指摘する。…全体の政治改革、腐敗退治、体育制度改革に注意を向けねば、この種の(今回五輪のような)成績の低迷は続いていくだろう、と。

 一方で中国の大衆は、かつてのように国家の代理戦争という気持ちで五輪を見ていた時代から、徐々に競技そのものを楽しむように変わっていった、とアテネ五輪金メダリストの劉璇は指摘する。だが、中国の五輪への執着は依然強い。中国の民衆は日本に対し、深い敵意を抱いているので、中国政府は東京五輪で最多の金メダルをとることを選手たちに要求しているらしい。目標を東京五輪に置いているので、リオ五輪に若手選手をより多く参加させたが、その分、成績が悪くなったという意見もある」