習近平はこれを実現するために、2015年暮れあたりから自分を党の“核心”と呼ばせる習核心キャンペーンを展開。また今年の6月30日に、解放軍香港駐留部隊駐留20周年記念においての閲兵式および7月30日の内モンゴル自治区朱日和訓練基地での建軍90周年記念の閲兵式において、従来の「首長」(軍内における司令官に対する呼称)ではなく「主席」と呼ばせたのも、党主席制に向けたアピールの一環ではないかと勘繰られている。建軍記念日(8月1日)にあわせた閲兵式を行った例はこれまでなく、また任期5年の間の三回目の閲兵式という点でも、習近平が軍において特別であるということを内外に印象付けようとしているということは、事実だろう。

 ただ、党主席の権力が絶対的であったのは毛沢東だけであって、実力の伴わない華国鋒も党主席の地位のまま失脚したし、最後の党主席、最初の総書記であった胡耀邦も失脚した。つまり、肩書がどんなに立派でも、政治家としてのカリスマ、実力が伴っていなければ失脚するときは失脚する。中国共産党においては、そのカリスマの裏付けが軍掌握にあるということを考えると、閲兵式を繰り返す習近平の気持ちはわかるのだが、実際に習近平が軍が掌握できているかは微妙な気がする。

党規党章に“習近平思想”を盛り込めるか

 党主席と並んで、習近平の独裁体制に向けた攻防の焦点は、党規党章に“習近平思想”という言葉を盛り込めるかどうか、である。

 習近平思想の骨子は「四つの全面」(ややゆとりある社会の全面的実現、全面的法治、全面的改革の深化、全面的に厳格に党を治める)や「五位一体」(経済、政治、文化、社会、エコを一体化して進めることがゆとりある社会、中華民族の偉大なる復興を実現する中国の特色ある社会主義事業推進のための全体的な方針)などであるが、一番重要なのは偉大なる中華民族の復興による「中国の夢」の実現である。この「中国の夢」というのは、中国が最も栄えた清朝あたりをイメージした版図や国際社会への影響力の復興であることは、これまでの習近平の言動からも明らかだろう。