李克強、汪洋、胡錦涛、李源潮の人間関係の深さに比べると、習近平と王岐山、栗戦書、趙楽際の関係は微妙だ。王岐山との関係の不安定さは、“十日文革”事件の背景や“闇の政商”郭文貴の暴露情報などから、推測できるだろう。趙楽際も栗戦書も今は習近平派に分類されているが、根っこは共青団派であるし、韓正に至っては、団派で江沢民派、しかも一度ならずも、習近平から汚職摘発の照準を当てられたことがあり、習近平に対しては警戒心がある。

 となると、政治局全体では勢力は拮抗しているかもしれないが、政治局常務委員会では共青団派が優勢になる見通しが強い。

強人独裁「党主席」復活を目論む

 そうなってくると、習近平としては政治局常務委員会の影響力、権力をいかに削ぐか、ということがテーマになってくる。そこで党主席制度の復活を目論んでいるといわれているのだ。

 党主席というのは毛沢東の肩書であり、毛沢東の死後は華国鋒が受け継ぎ、その失脚後は胡耀邦が継いで、1982年に廃止された。その後は党中央総書記が新たに最高指導者職として設置された。初代総書記は胡耀邦である。

 党主席と総書記のどこが違うかというと、党主席とは毛沢東のことなのだ。党の絶対的権力。一方、総書記は鄧小平体制の中で、分散された権力の一つにすぎない。天安門事件で楊尚昆が国家主席権限で戒厳令を出して以降、総書記職の権威はさらに低下し、鄧小平が確立した共産党秩序においては、政治局常務委員会メンバーの一人として以上の権限はない。つまり、政治局常務委員会の総意と総書記の意見が違えば、総書記といえども政治局常務委に従ういわば“党内寡頭民主”のシステムが今の中国共産党秩序の基礎なのだ。

 党主席制度復活は、これを毛沢東時代に戻す、つまり強人独裁を復活するということが狙いだ。習近平が党大会でこの党主席制度を提案して通るかどうか。これがおそらく北戴河会議での重要テーマの一つになるだろう。