それに比べると、同い年の孫政才は、同様に若く優秀ではあるが、彼自身が江沢民派との親交も深いこともあって、むしろ習近平派、共青団派双方の権力闘争のコマの一つに成り下がった感がある。

 孫政才の後任となった陳敏爾についていえば、習近平が浙江省書記時代に自分の手で出世させた子飼いの部下だ。浙江日報の社長を務めたのち浙江省の党委宣伝部長となって、習近平の宣伝もおこなった。浙江日報では習近平は匿名の政治コラムを持ち、そのタイトルが「之江新語」という。

後任は「ゴマすりポスト」から抜擢

 このタイトルからとって、浙江省時代に習近平に仕えた子飼いの部下たちは、「之江新軍」と呼ばれるが、官僚としてどれほど優秀かどうかというと、そもそも宣伝部長出身というのは「ゴマすりポスト」という印象が先に立つ。つまり、習近平をほめたたえて出世街道をまい進してきた。習近平が総書記になって後、一省の宣伝部長クラスがいきなり貴州省の副書記、省長、書記と急スピードで出世し、わずか5年で直轄市書記に大抜擢されてしまうのだから、“お友達人事”と揶揄されるのは致し方ない。

 重慶市書記抜擢の理由は、貴州省におけるおよそ2年の勤務で貴州省のGDP10%台成長を維持し、ビッグデータ先進地域に発展させた功績だろうが、これは中央のビッグデータ戦略において貴州を中国のシリコンバレーにするつもりで試験区に指定し、その中央の戦略にしたがって箱物をがんがん建設したゆえのGDPだから、必ずしも陳敏爾の手柄といえるかどうか。

 ちなみに陳敏爾の娘は、失脚した胡錦涛の側近・令計画と関係の深い斯鑫良(元浙江省宣伝部長)の息子と結婚していたが、令計画事件に連座する形で斯鑫良も失脚すると、娘を離縁させたという話が噂がまことしやかに伝えられている。このとき陳敏爾の娘は妊娠していたが無理やり堕胎され、娘は精神を病んだとか。つまり、娘も孫も犠牲にして習近平に忠誠を尽くしている“出世欲”の塊、という陰口である。

次ページ 政治局常務委員には滬寧推しか