重慶市書記を解任された孫政才。習近平のライバル追い落としが着々と進む(写真:ロイター/アフロ)

 ポスト習近平の地位に近いとみなされていた共産主義青年団ホープの一人、孫政才が突然、重慶市書記を解任された。後任は貴州省書記であった陳敏爾。重慶市は直轄市であり、これで之江新軍(習近平派)のエースとみなされる陳敏爾の政治局入りは確実となった。孫政才は取調べのために党中央に北京へ呼び出されているとか。だとすれば、ただの解任ではなく、失脚である。秋の党大会、およびその前の水面下の調整機会にあたる北戴河会議の直前に起きた突然の人事の背景を考えてみる。

重慶市書記任命「嫌がらせ人事」の果てに

 孫政才は広東省書記の胡春華とともに1963年生まれの若き共産主義青年団派(共青団派)のホープとして、習近平の次の総書記ポストに一番近いとみなされていた官僚政治家だった。2012年11月、彼を重慶市書記に選んだのは習近平だ。それは共青団の有望株である孫政才に対する嫌がらせだといわれていた。

 当時の重慶は、薄熙来事件によって不安定化していた。「打黒」という反腐敗キャンペーンで権力強化を図っていた薄熙来自身が失脚すれば、当然、薄熙来に失脚させられた中級官僚たちが名誉回復を求める。この陳情、事後処理に市政はてんやわんやの混乱状況で、こういう状況の重慶市政を担ったとしても、出世につながるような経済成長も民生改善も望めない。習近平の狙い通り、孫政才は薄熙来事件事後に明け暮れて、まともな市政運営ができなかったといわれている。ちらりと聞いた話では、薄熙来事件処理のあまりの多忙さに、孫政才はちょっと鬱ぎみであったとか。

 ロイターなどの報道を参考にすれば、孫政才は14日に召集された重慶市党幹部会議で解任が宣言され、同日北京で行われていた全国金融工作会議に出席中のところを拘束されて、目下、取り調べを受けているらしい。後任の陳敏爾は、この会議において、習近平の核心的地位を維持することが我々の主要政治任務だ、と語ったとか。

 中国の公式報道では、孫政才の解任と取調べの理由については説明されていない。ただ、前触れはあった。重慶市公安局長の何挺が4月に汚職で失脚していた。これで重慶の公安局長は三代続けて失脚しており、当時は、風水が悪いんじゃないか、と噂されたほどだ。何挺の汚職と孫政才との接点はあまりないように思われた(むしろ張徳江との関連が噂されている)が、監督不行き届きで孫政才の政治局常務委入りには影響するのではないかともいわれていた。いずれにしろ、習近平が仕掛ける権力闘争に利用されるスキはあった。