仮に当事国のフィリピンが、判決を棚上げにし、二国間協議で問題を解決すると言えば、米国が積極的に介入できるだろうか。せいぜい“航行の自由”を行使するぐらいで、南沙諸島の中国の実効支配、軍事拠点化を阻止することはできないだろう。フィリピンの交渉力に期待はできない。「戦争する気まんまん」の中国と「戦争は絶対しない」と公言するフィリピンの話し合いは中国有利に決着すると考えるのが妥当だろう。

「戦争モード」に怖気づけば、新たな危機

 中国は口では「平和の庇護者」を名乗り「平和的話し合いで争議を解決」というものの、これは棍棒を片手にした話し合いだ。判決が出る前日まで南シナ海で南海・東海・南海の三艦隊合同の大規模実弾演習を行い、そのビデオ映像をネットやテレビで繰り返し流すなどして絶賛「戦意高揚」プロパガンダ中である。地方では反米抗議デモが若干起きている。海外華僑も各地で抗議活動を行っており、ハーグの仲裁裁判所前でもオランダの華僑・華人組織が、判決無効の垂れ幕を掲げて抗議集会を行った。中国のネット掲示板では「もし南シナ海で戦争が始まったら兵士に志願するか?」というテーマの投稿がいくつかあり、多くの若者が「戦う」と書き込んでいる。それが本音かは別として、そう書き込んでしまうような空気があるのだろう。

 一方で、解放軍では退役軍人・民兵に戦争に備えて元の部隊に戻って海軍演習に参加するよう通達が出されており、中国側は着々と臨戦態勢を整え始めている。中国体制派メディア・フェニックスは判決への抵抗手法として、外交世論闘争を盛り上げ、南シナ海大規模演習を行い、スカボロー礁建設加速とフィリピン漁民の締め出し、防空識別圏を制定しつつ、フィリピンを経済的に懐柔すべしと解説。勇ましい人民日報系環球時報は判決が出る前から「米国が機会に乗じて挑発することがあれば、必ず反撃する」「挑発にはがまんしない」としている。

 こういう中国の「戦争やる気モード」を前に怖気づいて、国際社会の総意として出した仲裁案を棚上げして中国と話し合いによって、中国の思惑通りの結果になったとする。これは、当面の南シナ海での軍事的衝突、軍事的緊張をうまく回避できたという点で、ひょっとするとほっと胸をなでおろす人もいるかもしれない。だが、この結末はより大きな危機の始まりともいえるのだ。