私は2012年秋に烏坎村を訪れ、事件当時、ネットの微博で事件の実況をアップして、海外メディアに事件を報じさせることで勝利を導いた若者グループの代表格である呉吉金青年を取材したことがある。彼は事件当時15歳であったが、18歳になったら村民委員に立候補して村の自治のために尽くしたい、という夢を熱く語っていた。彼らは中国共産党中央に対して深い反感はなく、党の指導を受けつつ村内民主を進めていきたいとしており、必ずしも党中央の脅威となるような思想はなかったと思う。

 だが、状況は朱明国の失脚によって変化してくる。2014年11月に広東省政治協商委員会主席の朱明国は1.4億元以上の賄賂を受け取ったとして汚職で失脚。朱明国は長らく汪洋の側近でもあったので、この事件は元政治局員の汪洋につながりかねないと噂された。

 その前のことになるが、2014年3月の村民委員選挙を前に、副主任(副村長)らが次々と汚職容疑で逮捕され実刑判決を受けた事件もあった。家族らはこれを冤罪と主張し、村民も不当逮捕であるとして昨年秋ごろから、抗議集会が行われていた。

習近平が仕掛けたのか、仕掛けられたのか

 こういった状況から推測すると、林祖恋逮捕事件は、単に烏坎村の“草の根民主”を共産党体制の脅威としてつぶそうという狙いだけでなく、来年の党大会を控えた党中央人事をめぐる権力闘争の材料ではないか、という気がする。少なくとも、林祖恋の汚職など、習近平政権の反腐敗キャンペーン“虎も蠅もたたく”においては“蠅の汚職”であり、彼を捕まえるまえに捕まえなければならない巨額汚職者が党中央にもたくさんいるわけだ。それでも、あえてその“蠅”をたたくのは、この小さな蠅が、その背後の虎の致命傷になる、と考えたからではないだろうか。

 では、この事件は誰が仕掛けて、どの“虎”をたたくつもりであったのか。二つ説がある。

 一つは、林祖恋逮捕事件が、習近平の外遊中であったことから、習近平不在の間に、習近平を困らせるために、反習近平派勢力、たとえば政治局常務委員の劉雲山らが仕掛けたのではないか、という見方である。これは大紀元などのネットメディアが報じている。

 もう一つは、前広東省書記であり政治局員の汪洋の足元をすくうために、習近平派が仕掛けた事件という見方である。烏坎村の問題を暴発させずに丸く収めた対応は、汪洋の功績として評価されていたが、その後の村の“草の根民主”が汚職と腐敗にまみれていたとなれば、その評価も地に落ちる。さらに、村民がこれに抵抗して抗議デモを繰り返えすことになれば、現広東省党委書記である胡春華が大きな政治リスクに直面することになる。汪洋も胡春華も共産主義青年団派(団派=胡錦濤派)に属する。つまり、来年の党大会を前に、ポスト習近平と噂される胡春華をつぶし、次期政治局常務委員の座が通常ならば確実視される汪洋を失脚させようとする策略ではないか、という。烏坎村の村長汚職が事実であってもなくても、村民抗議を拡大させても、武力で鎮圧しても、汪洋や胡春華はなにがしかの打撃をこうむることになるだろう。