14日に林は羅湖経由で香港に戻り、香港警察と面会した。香港に入るまで監視員がずっと見張っていた。林は二日にわたって、事件の詳細を振り返り、今後どうするかをよく考え、事件の顛末を記者会見で公表することを決心した。本来なら16日に本土に戻る約束で釈放されたのだ。だが、失踪した銅鑼湾書店関係者の無事解放のために香港人6000人が抗議デモを行ったニュースフィルムなどを見て感激し、香港の自由を守るために、自分もリスクを負う覚悟ができた。彼は議員で弁護士でもある何俊仁に電話して協力を求めたのだった。

 「なぜなら、これは社会の表現の自由の権利を奪う事件だからです」。他の書店関係者の呂波も張志平も、そして林栄基も女友達が内地にいる。だが林はそのリスクを承知の上で「中国政府が、彼女らに対してよい対応をしてくれることを期待するしかありません」といい、あえて記者会見で、事件の内幕を告発したのだった。

強権にノーと言おう

 以上は記者会見、グループインタビューなどで明らかにされた内容だ。

 事件の要点の一つは、この事件が、中国公安や軍部、国家安全部など既存の組織ではなく、「中央専案組」とよばれる、銅鑼湾書店問題処理のための中央直属組織がわざわざ作られていたことだろう。おそらくは総書記の習近平の指示で動く組織ではないか。

 林によれば、自らの意志で香港から内地に渡ったと主張している李波は、香港から“拉致”されたのであって、「すでに中国政府は香港の後戻りの道を断っている。一国二制度はすでに有名無実化している。今回は(香港と本土の)境界を越えて司法を執行した」といい、一国二制度の最後の砦である司法の独立が完全に崩れていることを指摘する。

 その上で、林栄基は香港人に向かってこう呼びかける。「強権に向かってノーと言おう、私にはできる。あなた方はできないのか?私は権力に屈服しないぞ」

 司法の独立がないということは、中国当局側はいつでも再び林栄基を拉致して、何がしかの罪で有罪にすることも可能なのだが、その身を危険にさらしても、彼は強権に向かってノーということを選んだわけだ。この会見を受けて18日、“強権にノーと言おう”という標語を掲げた「中国白色テロへの抵抗デモ」が実施され主催者発表で6000人が参加した。