それから約3カ月たった6月14日、銅鑼湾書店の創始者であり、元オーナー店長だった林栄基が釈放された。林栄基は香港にもどるやいなや、何俊仁議員(民主党元主席)に付き添われて立法会ビルで記者会見を開き、中国当局の「中央専案組」という超法規組織によって拉致され、24時間監視のもと厳しい尋問を受けていたことを告発したのだった。

 まず、その告発内容を整理して、ここに紹介しよう。

目隠し、連行、監禁、尋問、圧力

 林栄基は10月24日、広東省東莞在住の女友達に会いに行くべく深圳市羅湖のパスポートコントロールを通過するときに深圳公安警察当局に身柄を拘束された。しばらく深圳で公安の拘置所に拘留されたのち、浙江省寧波に連行され、24時間の監視付きで軟禁生活を送り、厳しい尋問を十回以上受けたという。次に広東省韶関に移送され、6月14日に「読者に関する資料(ハードディスク)を本土に持って戻る」という約束で、香港に帰郷を許された。しかし、九龍塘駅に列車でたどり着いたとき、事件の顛末を香港人に公開し、二度と本土に戻るまいと決心したという。

 最初、パスポートコントロールで公安警察に連行されたとき、林は「私が何の罪を犯したというのだ?」と何度も問いかけたが、彼らは答えなかった。その後、11人の係員に取り囲まれるようにして外に連れ出されて、7人乗りの車に係員とともに押し込まれ、深圳のある派出所に連れていかれた。パスポートや身分証は没収されてしまった。「何があったんだ」と林は何度も聞くが、だれも答えなかった。その夜は派出所で過ごしたが、座ったままで一睡もさせてもらえず、まるで犯罪人扱いであったという。

 翌朝午前7時頃、再び車に押し込められると北方行の列車に乗せられた。その間目隠しをされ、ハンチング帽を目深にかぶらされ、他の人と一切接触をさせてもらえない状態だった。約14時間後、下車した駅名をこっそり盗み見て、そこが寧波だと知ることができた。そこから再び車に乗せられ、45分ほど走ると、大きな建物の前に止まった。その建物の二階の部屋に彼は監禁された。

 室内の家具はプラスチックフィルムで包まれており、それは自殺防止のためのようだった。歯ブラシはナイロンのひも付きで、歯を磨くときは監視人がひもの端をもって脇に立っている。「歯ブラシを飲み込んで自殺を図るのを防ぐためだろう。前に誰かがやったのではないか」と林は想像した。