だが、CCTV元アナウンサーの崔永元が5月末にSNS微博を通じて暴露した范冰冰の「陰陽契約」(表と裏のある二重契約、おもに脱税目的)の実態は、ガセとは言い切れない。この情報発信をきっかけに、中国当局が捜査を開始し、しかもターゲットは范冰冰にとどまらず、その背後の中国最大の映画エンタメ企業グループ「華誼兄弟(ファイ・ブラザーズ)」、そしてその背後の軍部にまで及ぶのではないかといわれているのだ。

 華誼兄弟は1994年に軍籍の王中軍、王中磊が創設した総合エンタメ企業で、馮小剛や姜文ら才能ある監督を発掘し積極的に投資、中国を代表するヒット作を飛ばし続けてきた。2009年には深センベンチャーボードに上場。2017年にはハリウッドのSTXエンタテイメントと提携して、本格的なハリウッド進出を狙っている。

 華誼の急成長の背景には軍があるとかねてから言われている。創業者の王兄弟は軍高官の息子、「軍二代」であり、いわゆる「部隊大院児」の特権階級。王中軍自身も元軍人だ。もともと中国の映画産業を含むエンタメ産業の根っこは八一電影製片廠や解放軍文工団にあり、中国エンタメのノウハウ、人材の少なからずが、部隊大院出身といわれている。

 そもそも中国映画の名作には解放軍礼賛のプロパガンダ映画が多い。昨今、中国で異例なヒットとなった「戦狼」や今年春の興行成績1位となった「紅海行動」は民間の制作会社が作った軍事映画だが、解放軍が物心ともに関与しているという意味では、軍部プロパガンダ映画の系譜といっていいだろう。

中国のエンタメ産業を牛耳る主要人物たち

 映画だけでなく文藝、演劇、歌謡といった中国のエンタメ産業を牛耳る主要人物のおよそ半分は軍部出身、北京の部隊大院出身者、あるいはその子弟や周辺者が占めている。

 部隊大院とは、解放軍の様々な部隊に所属する軍籍者家族が暮らす統一整備された共同生活圏で、食堂、病院、プールなどさまざまな施設がそろい、幼稚園から中学校までの教育機関もあって一貫した英才教育が行われていた。

 ほかにも国務院や国家機関の幹部家族の暮らす幹部大院もある。北京ではもともと、「大院文化」というものがあり、職業や身分が同じ人間が共同生活しながら助け合い、子弟の英才教育を協力して行う伝統がある。故宮自体も一種の大院であり、胡同生活もそうである。

 もともとそういう文化があるから、幼稚園から学校まで併設された社会主義的な共同生活システムとの相性がよかったのかもしれない。解放軍の部隊大院はさまざまな大院の中でも、飛び切りの英才教育が可能で、特に本来、生活スキルに直結しない芸術、芸能方面のエリートは、部隊大院でないとなかなか育たない中国の社会状況もあった。

 こうして英才教育された子弟を「大院児」とよぶが、具体例をあげると、文壇では王朔、ドラマ・映画界では鄭暁龍や陳凱歌、姜文、管虎、中国ロックの父である崔健など、中国を代表する文化人が軒並み部隊大院児なのである。